トランプ大統領は中国とロシアを批判して4月16日、「通貨切り下げゲームをしている。許容できない! 」とツイートした。中国との「貿易戦争」はやや落ち着きをみせているが、今度は「通貨戦争」ということか。「新プラザ合意」はあるか。金融市場は気が気ではないだろう。

本稿は、2017年4月28日の投稿「ドル高是正を狙う『新プラザ合意』はあるのか」をアップデートしたもの。

「貿易戦争」から「通貨戦争」へ?

米国のトランプ政権は今年3月に鉄鋼・アルミ輸入に関税を、4月に入ると知的所有権侵害を理由に中国からの輸入500億ドル相当に関税をかけた。これに対して、中国も即座に報復関税を打ち出した。そして、米国がさらなる制裁関税を検討すると発表すると、中国も当局者が「最後まで戦う」と応酬。さながら「米中貿易戦争」の様相を呈していた。

ただ、その後は追加関税の詳細や発動時期は明示されず、また交渉の余地を認めるなど、両国の姿勢はやや軟化しているようだ。

ところが冒頭のように、トランプ大統領が突如、中国やロシアの「通貨安戦略」を非難する展開となっている。

4月13日に公表された米財務省の半期為替報告書によれば、中国は「為替操作国」と認定されなかった(過去に認定された国はない)。3つの認定基準のうちの1つ、「頻繁に自国通貨売り介入を行っていること」が満たされなかったからだ。また、本文中では、人民元の実質実効レートが2015年のピークを6%下回っているとしつつも、今年に入って3月末までに人民元は対米ドルで3.7%、対通貨バスケットで2.0%上昇していると指摘された。したがって、トランプ大統領が「通貨切り下げゲーム」と非難する根拠は不明だ。

実質実効レートの観点から言えば、トランプ大統領が就任した昨年1月から今年3月までに米ドルの実質実効レートは8.1%下落している。米国こそが「通貨安戦略」と批判されてもおかしくない。

さて、トランプ政権が米ドル安を望んでいるのであれば、1985年のプラザ合意の再現はあるのだろうか。

米国を含む主要先進国が合意の上で「ドル高是正」を表明し、市場介入を含めて政策協調を行うという意味でのプラザ合意が再現されるかといえば、それは難しいだろう。仮に「新プラザ合意」があるとしても、それはかなり違った形になるのではないか。

それを考察する前に、まずオリジナルのプラザ合意を振り返っておこう。

1985年9月22日のプラザ合意

プラザ合意とは、日米独英仏、当時のいわゆるG5の財務大臣が、1985年9月22日にニューヨークのプラザ・ホテルで会合してドル高是正のための政策協調で合意したことを指す。

共同声明では、「主要な非ドル通貨が対ドルで、秩序を持って一段と上昇することが望ましい。そのために、より緊密に協調する準備がある」と宣言された。これはドル高是正のために協調介入を行う準備があることを公言したに等しかった。

プラザ合意の直接のきっかけは、ドル高の弊害が顕著になったことだ。

レーガン政権下の「双子の赤字」

発端は、81年の共和党レーガン政権の誕生まで遡る。レーガン大統領は、米ソ冷戦の最中(さなか)、「強いアメリカ」を標榜して軍備増強を進める一方で、大規模な減税を断行した。いわゆる「レーガノミクス」である。

一方で、国防費以外の政府支出の削減に失敗したことや、期待されたほど税収が上がらなかったことで、財政赤字は大幅に拡大した。

また、国内の旺盛な需要に供給が追い付かなかったことや、インフレ抑制のための高金利が海外資金を引き付けてドル高になったことで、貿易赤字、ひいては経常赤字が大幅に拡大した。そうした財政収支の赤字と経常収支の赤字は「双子の赤字」と呼ばれた。

ドル実効レートは、レーガン大統領就任時の81年1月から85年3月のピークまで40%以上も上昇した。その結果、米企業の対外競争力は阻害され、産業空洞化の懸念から貿易保護主義が台頭していた。上述したプラザ合意の共同声明でも、「米国の経常赤字を背景とした保護主義圧力は、相互に破壊的な(mutually destructive)報復合戦につながる恐れがある」と指摘されていた。

「新プラザ合意」は可能か

今回、プラザ合意の再現が難しいと考える理由はいくつかある。

まず、ドル高が行き過ぎだとは言い切れない点だ。上述したように、トランプ政権が誕生してから、ドル実効レートは、名目も、物価上昇率を考慮した実質も、ともに8%程度下落している。トランプ政権は、レーガン政権と同様に減税や政府支出の増額を勝ち取ったが、だからといって「ドル高」は実現していない。

そもそも、米企業収益が好調で、NYダウが最高値圏にあるなかで、産業空洞化が懸念されるほどのドル高になっているとは考えにくい。また、景気循環的にみても、完全雇用がほぼ達成されている状況で、一段の景気刺激につながるドル安は必要ないだろう。

重要性を増すG20

また、少数の主要先進国間で政策協調してもかつてほどの意義はないだろう。85年当時、米貿易赤字のうち約4割が対日分であり、対日独仏英の4か国分で5割以上を占めた。ところが、2017年では、米貿易赤字に占めるそれら4か国のシェアは2割弱に過ぎない。現在の米貿易赤字の半分近くは対中国分である。政策協調に中国が加わることは不可欠であろう。

したがって、現在の政策協調は、主要国間だけでなく、新興国も加わったG20などの場で包括的に行われる必要があるだろう。利害関係者が増える分、調整が難しいのは言うまでもない。

プラザ合意後の苦い経験

そして、ドルを適度に安い水準にソフトランディングさせられる保証はない。プラザ合意も当初10%程度の調整を狙って協調介入が行われたとされるが、その後ドル安に歯止めがかからなくなった。為替相場の安定を狙った87年2月のルーブル合意も奏功しなかった。88年4月にいったん底打ちするまで、ドルはプラザ合意から30%近くも下落した。

最後に、ドルが下落した場合の悪影響は、現在の方がはるかに大きいかもしれない。85年当時、米国債発行残高に占める外国人保有比率は13%。現在はそれが40%近くなっている。当局によるドル高是正(ドル安誘導)が明らかになれば、外国資金は米国債市場から流出するだろう。それは米国債価格の急落(=市場金利の急騰)を招きかねず、米経済に大きな打撃となりうるだろう。

トランプ大統領とプラザ・ホテルの因縁

ところで、トランプ大統領は、1988年から95年にかけてプラザ・ホテルを所有していた。プラザ・ホテルはトランプ大統領の子供のころからの憧れであり、何度かチャンスを逃した後にようやく買収に至ったという。ただ、その時に「高値掴(つか)み」したことが後の自己破産につながったらしい(トランプ大統領は4度自己破産を経験している)。浅からぬ因縁と言えよう。

執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)

マネースクエア 市場調査部 チーフエコノミスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。

2012年9月、マネースクエア(M2J)入社。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査部レポート」「市場調査部エクスプレス」「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。