昨年12月2日付けの寄稿「トルコ投資について考える - トルコリラの特徴と高金利なワケ」では、トルコリラに対する基本的な考え方を紹介した。トルコリラは今年3月に入ってまず対円で、そして対米ドルで史上最安値を更新してきた。

改めて、トルコリラの最新情勢と今後の見方について考察したい。

2016年7月のクーデター未遂以降、トルコの国内政治は、外から見る限り比較的落ち着いているようにみえる。昨年4月には大統領権限を強化する憲法改正案が国民投票で可決された。19年11月に予定される大統領選挙後に発効するが、それをもってエルドアン大統領の2期目が盤石になるとの見方も可能だ。

トルコリラの足もとの課題は、経済ファンダメンタルズの悪化や地政学リスクだろう。

トルコのインフレ率は昨春以降、10%を超えて推移してきた。TCMB(トルコ中央銀行)は5%のインフレ目標を採用しており、上下2%を許容範囲としているが、その許容範囲の上限を大きく上回っている状況だ。

TCMBは、昨年12月に0.5%の利上げを実施した。その後、インフレ率は鈍化するとの見通しに基づいて追加利上げには慎重である。しかし、トルコリラ安の進行によって、輸入価格が上昇しているとみられ、インフレ率が鈍化するとの前提そのものが危うくなっている。いまのところ、TCMBは静観の構えだ。エルドアン大統領はTCMBに対して断続的に利下げを要求しているようだが、TCMBはいずれ、大幅な利上げを含むトルコリラ防衛策を打ち出す必要が出てくるかもしれない。

トルコの経常赤字の拡大も懸念されるところだ。内需の堅調に加えて、エネルギー自給率が3割程度に過ぎないために原油価格の上昇が輸入を増加させている。経常赤字は海外からの資金で穴埋めされるものだが、世界的な金融緩和からの正常化(=過剰流動性の低下)や後述する対外関係の悪化もあってそれがスムーズにいかなくなりつつあるようだ。

そして、国内政治の安定と裏腹に、対外関係での摩擦が目立っている。とりわけ、米国との摩擦が深刻だ。トルコがクーデターの首謀者とみなしたギュレン師の引き渡しを米国が拒否。トルコが米大使館職員を逮捕。対イラン制裁破りへの関与の疑いで米国がトルコ人銀行家を逮捕。それらの出来事を経て、昨年10月には両国が相互のビザ発給停止に至り、金融市場を揺るがせた(その後に再開で合意)。

そして、最近では、両国の関係は軍事衝突に発展しかねない危うさを秘めている。トルコはシリア国内のクルド人勢力をテロ組織として掃討に乗り出した。一方で、米国は同じクルド人勢力をIS(イスラム国)に対抗する先鋒として支援してきた経緯がある。トルコが侵攻を目指すマンビジには米軍も駐留しているとされる。

もともと、トルコと米国はNATO(北大西洋条約機構)の同盟国である。既に、両国関係者が緊張緩和に向けて協議を進めているとの報道はあるものの、予断は許されない。

年初来の対米ドルでの騰落率をみれば、主要な通貨の中でも、トルコリラはアルゼンチンペソに次いで下落率が大きい。したがって、トルコリラ安の要因が少しでも後退すれば、反発の余地は相応にあると言えるかもしれない。

ただし、トルコリラ投資を考える上で、次の2つの点に注意すべきだろう。

まず、最安値はいつまでも最安値とは限らないという点である。あらゆる通貨に共通することかもしれないが、新興国通貨の場合は特に当てはまるだろう。先進国と比べて新興国はインフレ率が高く、購買力平価の観点からみて中長期的には先進国通貨に対して下落する傾向にある。したがって、急落後に急反発した時につけた安値はなかなか更新されないように思えるが、知らないうちに更新されているケースも少なくない。

次に、変化幅と変化率の違いを認識することだ。投資を考えるうえで、変化幅よりも投資のリターンに直結する変化率が重要だ。例えば、同じ1円の変化であっても、変化率で考えれば(現在の相場を基にすれば)リラ円の1円は米ドル円の約4円に相当する。それだけ、細かな変化に敏感になる必要がある。

一般論でいえば、新興国通貨は先進国通貨に比べてハイリスク・ハイリターンと言える。トルコリラも、上述の点を踏まえたうえで投資を検討していただきたい。

執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)

マネースクエア 市場調査部 チーフエコノミスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。

2012年9月、マネースクエア(M2J)入社。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査部レポート」「市場調査部エクスプレス」「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。