いよいよクライマックスへ向けてのラストスパートに入ったNHK連続テレビ小説『わろてんか』(毎週月~金曜8:00~8:15ほか)。女興行師としての風格をにじませるてんの姿も、あとわずかで見納めとなる。24週目ではてんをずっと支えてきた高橋一生演じる伊能栞が大ピンチを迎え、25週目で遂にアメリカへと旅立ってしまった。そしてからの最終週では、びっくりするような楽しい出番が用意されているらしい。

飛ぶ鳥を落とす勢いを見せる高橋一生人気と相まって、伊能栞というキャラクターは視聴者から圧倒的に支持された。そこで脚本家の吉田智子氏と、後藤高久プロデューサーにインタビューし、伊能の魅力をひも解くと共に、俳優・高橋一生の演技力や人間力についても話を聞いた。

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    高橋一生演じる伊能栞

『わろてんか』は、明治から昭和初期の大阪を舞台に、主人公・藤岡てんが夫・藤吉(松坂桃李)とともに寄席の商売を始め、大奮闘していくという人情喜劇。モデルとなったのは、吉本興業の創業者・吉本せいだ。

伊能は最初、てんの許嫁だったが、てんが藤吉と深く愛し合っていることを知り、自分から身を引いた。その後はてん夫妻と深い友情で結ばれていき、藤吉亡き後は、女興行師となったてんを手厚くサポートしていく。

人間味あふれたキャラとして設計

――伊能栞役のキャスティングは狙いどおりでしたか?

後藤:そうですね。高橋一生さんと初めてお会いした段階で、役柄についての質問や疑問を次々に投げかけられて、その真剣さに気圧されました。だから僕も「この役は絶対に面白いと思います」と必死にアプローチしたんです。その時点で、彼が伊能役を演じれば、僕たちが思っているもう一歩先に行ってくれると確信しました。

吉田:最初に後藤さんから「高橋一生さんに決まった」と言われた時、素直に喜びました。脚本家の間ではすでに「高橋一生さんはすごい!」と評判になっていましたし。でも、その時点ではここまで盛り上がるとは思っていなかったです。ただ、伊能役はとても高橋さんに合っていましたし、高橋さんご本人や演出チームと話し合ったものを脚本に反映させながらやっていきました。ただ物語の前半では、高橋さんの出演分量がある程度限られていたので描き方が難しかった面もありました。

――ヒロインを陰で支える重要な役どころ。このキャラクターはどんなふうに設計されたのでしょうか?

吉田:もともと伊能を王子様キャラで描くつもりは全くなく、紳士然としながら、人間味にあふれたキャラにしようと思っていました。ルックというより演技力で注目していたので。でも、最初の登場の印象で、視聴者のみなさんが盛り上がって下さって。

後藤:でも普通に演じたら、ともすれば表面的な王子様キャラになってしまうところが、そうならなかったのは高橋さんのおかげだと思っています。

吉田:キザに見えるのは仮面を被っているからで、実は人間くさくて、腕っぷしが強かったり、酒に思い切り酔ってケンカをしたりする面も含め、中身は熱く、男っぽいんです。終盤では「(伊能さんは)歯ぎしりをする」という風太の台詞も書きましたし(笑)。

後藤:伊能はもともとコンプレックスの強い人間です。だからこそ、強さや平静を装って生きてきた。良家のボンボンで顔が良いという表層だけで見られるような人だったけど、てんや藤吉と交流していくことで2人に魅了され、どうでもいいと考えていた人間関係をちゃんと築くようになっていきます。

藤吉は自分とは真逆のような人間で、考える前に行動しちゃうタイプ。でも、そこを彼は魅力に感じるんです。また、てんは分け隔てなく誰にでも笑顔で接しくれる。伊能は当初から彼女に好意はもっていたけど、それをおくびに出せるような人間じゃないし、藤吉との関係性の中で、てんと藤吉との3人での交友関係が一番幸せだと気づいていきます。

もちろん、藤吉が亡くなった後、少し関係性のバランスが崩れそうになるのは、視聴者も望むところかと。彼の中ではそっちへ行くつもりはないけど、どうなるかはわからない。そういう微妙なところを、高橋一生さんは楽しんで演じてくれました。

伊能のてんについての思いは、今や恋愛とかそういう感情ではなく、人間対人間のものなんです。それを恋愛として見てもらってもいいとは思いますが。24週はまさに高橋一生さん演じる伊能を堪能してもらえる週でした。

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掘り下げた演技と人間力でセリフ不要

――俳優・高橋一生の魅力についてはどう感じてらっしゃいますか?

吉田:高橋一生さんは、キャラクターの本質を掴んで、それを深く掘り下げるところがすごいと思います。さらに年齢が上がるにつれ、肩を下げていくとか、そういうきめ細かい演技も巧いんです。あとは目力。目で語られるので、台詞がそんなに必要ないんです。

後藤:高橋さんご本人は、普段はごくフラットな方ですが、いざ彼が掘り下げて演技をすると、常人には考えつかないものを見せてもらえます!それが見る人によってはセクシーに思えたり、すごく男らしく見えたりするので、みんなが高橋さんというか、彼が演じる役の魅力にハマっちゃう。

台詞がなくても芝居を成立させられるのは、彼自身がもっている魅力、もっと言えば人間力によるものかと。普段、彼が他の役者さんと話をしているのを聞いていても、ものすごく博識なことがわかるし、物事を深く静かに考える方です。

将棋でいえば、藤井聡太六段のようにものすごく緻密に何手先をも考えている。きっと100万通りくらいあるうちの1つを提示しているような演技で。僕たちは、高橋さんに全部見透かされているんじゃないかと思うくらいの凄みを感じます。

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  • 後藤高久プロデューサー(左)と脚本家の吉田智子氏
■プロフィール
後藤高久
1965年、大阪府生まれ。プロデューサー。大阪外国語大学英語学科卒で1989年にNHKに入局。『春よ、来い』(94~95)、『翔ぶ男』(98)の演出を経て、『どんど晴れ』(07)でプロデューサーに。『つばさ』(09)、『四十九日のレシピ』(11)、『新選組血風録』(11)、『聖女』(14)、『ボクの妻と結婚してください』(15)、『奇跡の人』(16)などで制作統括などを務める。

吉田智子
東京都出身。大学卒業後、コピーライターを経て脚本家に。手がけた主なドラマは『美女か野獣』(03)、『働きマン』(07)、『全開ガール」(11)、『学校のカイダン』(15)など。映画は『僕等がいた 前編/後編』(12)、『ホットロード』(14)、『アオハライド』(14)『僕は明日、昨日のきみとデートする』(16)『君の膵臓をたべたい』(17)などの恋愛映画や、『Life~天国で君に逢えたら』(07)『岳-ガク-』(11)『奇跡のリンゴ』(13)などのヒューマン系ドラマまで幅広く執筆。

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