日銀の黒田総裁が再指名され、2人の副総裁が新たに指名された。国会の同意を得たうえで、日銀の新執行部が正式にスタートする。
黒田総裁の一期目は、2013年4月の量的・質的緩和で始まった。日銀自らが「量・質ともに次元の違う金融緩和を行う」と宣言した。日銀がこの「異次元の緩和」に踏み切ったのは、「2%の『物価安定の目標』を、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現する」ためだった。
その後、2014年10月の「量的・質的金融緩和」の拡大、当座預金の一部にマイナス金利を賦課する16年1月の「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」の導入、「金融緩和のための新しい枠組み」と銘打って打ち出された同年9月の「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」など、日銀は必要に応じて金融緩和を強化してきた。
結果はどうなったか。
2012年12月に始まった今回の景気拡大局面は17年9月に戦後2番目の長さとなり、その後も続いている(はずだ)。黒田総裁が就任した13年3月以降でみても、失業率は当時の4.3%から今年1月には2.4%まで低下した。同じく日経平均株価は12,000円台から22,000円台へ上昇。長期金利は逆に0.5%台から0.1%以下へ低下した。
2018年に発生したリーマン・ショック後の未曾有の経済危機に直面して、主要国が金融・財政政策を総動員したことで世界経済が好転した結果でもあるが、黒田日銀の積極果敢な金融緩和も相応の効果を発揮したと言えそうだ。
肝心の物価情勢もこの5年間に改善がみられた。消費者物価の前年比上昇率は、リーマン・ショック後にマイナスが常態化していたが、2013年半ばころからは一時期を除きプラス圏で推移してきた。そして、今年2月時点では+1.4%まで高まった。
ただし、これは生鮮食料品やエネルギーなどの価格上昇が主因であり、景気の強さや金融政策とはあまり関係がない部分だ。日銀が重視している消費者物価コアコア(食料やエネルギーを除く部分)は1月に前年比+0.1%と、2%の目標達成には程遠い状況だ。
そもそも、日銀が、副作用が懸念される量的緩和に踏み切ったのも、「2年程度」を念頭に目標を早期に実現させるという短期決戦を想定していたからだ。あれから5年近くが経過し、物価目標の達成時期の予想は6回も後ろ倒しとなった。直近の「経済・物価上昇の展望(展望レポート)」では、2019年度の達成を目指している。
ところで、消費者物価コアコアと円実効レートを比較すると、後者を9か月ラグ(後ズレ)させると相関が強いことがわかる(下図)。つまり、円実効レートの変化が、輸入物価の変化などを通じて9か月後の消費者物価に影響を及ぼすと考えられる(例えば、円安⇒9か月後の物価高)。
そして、今後、円実効レートが横ばい推移すると仮定すると、消費者物価コアコアも現在のゼロ%近辺から大きく動かないと推論することができる。
3月6日の国会での所信聴取で、黒田総裁は2%の物価目標に最優先で取り組む意向を表明した。そして、引き続き2019年度ごろの物価目標達成を目指しており、そのころに(現在の金融緩和からの)「出口戦略」の検討に着手するとも述べた。しかし、このままではいずれも絵に描いた餅に終わる可能性が高そうだ。
黒田総裁より1日早い5日、同じく国会の所信聴取で副総裁候補の若田部・早稲田大学教授は「(デフレからの完全脱却のために)必要とあれば追加緩和を提案する」と述べた。目標達成のためには追加緩和(とその結果としての円安)が必要と考える方が現実的ではないか。
執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)
マネースクウェア・ジャパン 市場調査部 チーフエコノミスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。2012年9月、マネースクウェア・ジャパン(M2J)入社。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査部レポート」、「市場調査部エクスプレス」、「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。