そもそも、MS研究で何を目指しているのか
MS研が創設されてから現在に至るまで、同研究所および田中最先端研究所が発表した論文は、96報にもわたる。つい最近では、アルツハイマーの早期検出法を確立(2月1日付「Nature」に掲載)するなど、なおも活躍し続ける同氏だが、そもそもMSとはどのようなもので、どのようなことができるようになってきているのか。
MSというのは、質量分析法(mass spectrometry)の略称。気相でイオン化できるモノ(有機・無機・元素)を分析し、既知物質を定量特定したり、未知物質を同定・発見したりすることが可能だ。
同技術は大きく分けて、試料(検体)をイオン化にし易い状態にする「前処理」、試料を効率よく気層に脱離・イオン化させる「イオン化」、それらを大きさの違いで分ける「イオン検出」、個々の大きさと強度の関係を測定する「スペクトル測定」、既知物質の定量測定、および未知物質を同定・発見する「データ解析」の6工程からなる。
MSの特徴の1つは、その応用領域の広さだ。例えば、医学検査やドーピング・毒物検査、金属・無機化合物分析、触媒分析、大気・上下水・土壌分析…と、医療分野にはもちろんのこと、機械工学、数学、物理学、電気・電子学などといった幅広い領域で利用されている。最近では、考古学や、地球惑星科学などの分野での応用もなされているとのことだ。
やりたいのは、新たな仮説が生まれるきっかけづくり
そこまで広くの分野に用いられると、果たしてMS研はどこを目指しているのか、とさえ思ってしまうのだが、田中氏は、目指すは「人の考えうる"仮説の幅"を広げること」だと語る。
「MSにより、常識では想定できない未知化合物を発見できるようになりました。研究者は、自分が見たものから、その先を想像して仮説を立て、それを実験で検証することが新たな発見を生む、というサイクルで研究をします。MSを用いることで『これまで見えなかったもの』が見えるようになれば、そこから新たに仮説が生まれる可能性が増えることになります。私はこの研究を進めることで、そんな機会・きっかけを増やしていきたいと思っています」(田中氏)