クチコミで大ヒット中の『スリー・ビルボード』が熱い。第75回ゴールデングローブ賞最多4部門を受賞し、第90回アカデミー賞で作品賞、主演女優賞(フランシス・マクドーマンド)、助演男優賞Wノミネート(ウディ・ハレルソン、サム・ロックウェル)、脚本賞、作曲賞、編集賞で6部門7ノミネートとなった。
2月1日に公開され、127館という公開規模でありながら初登場で興行ランキング8位にランクインし、なんと公開8日目で早くも動員10万人を突破。アカデミー賞作品賞の呼び声が高い本作だが、まだ受賞結果も発表されていない中、異例の大ヒットとなった。
早くも「今年ナンバー1!」という声が飛び交い、SNSで話題沸騰。映画レビューサイト・Filmarksでは初日満足度1位、映画サイトでも4点台を弾き出した。ここまでのアベレージの高さを誇るのは何ゆえか? ただのクライムドラマというカテゴリーに収まり切れない本作の魅力をひも解いてみたい。
■全く感情移入できない狂犬的主人公になぜ心が動かされるのか!?
舞台はアメリカ、ミズーリ州の片田舎の町。レイプされた後に殺害された娘の母ミルドレッド(フランシス・マクドーマンド)は、一向に進展しない捜査に業を煮やす。彼女は警察署長のウィロビー(ウディ・ハレルソン)を名指しで抗議すべく、町外れに巨大な広告看板を設置する。
ミルドレッドは娘を殺された被害者で本来なら同情を誘う立場なのに、筋金入りの偏屈で頑固者なため、嫌われ者のポジションに。その一方で、公開処刑された警察署長のウィロビーは人望が厚く、さらに末期がんを患っている。さーて、どっちにつくのか?という流れなので、なかなか主人公ミルドレッドの方に感情移入しにくいのだ。
ウィロビーは直接、ミルドレッドに捜査状況を説明しに行くが、彼女は応戦体制で牙をむく。あーあ、なんでそうなるの? 結果、ミルドレッドはウィロビーを心から慕う部下のディクソン巡査(サム・ロックウェル)をはじめ、周りから反感を買うことに。
アメリカ映画ではありがちな設定だが、わかりやすい勧善懲悪に落とし込むこともなければ、喧嘩両成敗の物語にもしなかった点がミソ。ミルドレッドは、孤立無援な闘いを強いられていく。
ミルドレッドを演じたのは、『ファーゴ』(96)でアカデミー主演女優賞を獲得した演技派女優フランシス・マクドーマンドで、受賞含めて5回目のノミネートとなった。それにしても悲劇的ヒロインにして、恐るべき狂犬ぶり!
ミルドレッドのすぐ人に噛みつくデンジャラスなキャラクターには誰もがドン引きしそうだが、特筆すべき点は、その怒りが絶望的な悲しみに裏打ちされたものだというところだ。眉間にシワを寄せ、つり上がった目からは、誰にも届かない慟哭が聞こえてくるよう。まさにオスカーに値する熱演である。
彼女のベストワークは間違いなく『ファーゴ』だと思うが、今回の演技はそれに相当する凄みがある。『ファーゴ』の監督で夫でもあるジョエル・コーエン監督が嫉妬してもおかしくない出来栄えなのだ。
■物語を動かしていく脇キャラも強烈
狂犬ミルドレッドに怖じ気づくことなく、果敢に向かっていく男たちも実にいい。彼女と同じく直情型であるディクソン巡査役のサム・ロックウェルと、懐の深いウィロビー役のウディ・ハレルソンは、揃って助演男優賞にノミネート。
烈火のごとくぶち切れるミルドレッドに対し、ディクソン巡査役は火に油を注いでしまい、さらに熾烈な争いとなる。ウィロビー署長は火消しに回るも、その後意外な行動に出る。この2つの流れが脚本の妙。中盤からは、それぞれのキャラクターの内面があぶり出されていき、観る者の心に波風を立てていく。
特に、マザコンのやんちゃ坊主がそのまま大きくなったようなディクソン巡査は、ミルドレッドと同じくらい融通がきかない面倒くさい人間だが、次第に人間としてピュアな部分が表に出ていき、予想外の展開を見せる。
■実は、言葉の力が裏テーマにもなっている
本作の物語は、言葉の力で糾弾する3枚の看板からスタートする。言葉は使い方によってナイフよりも切れ味の良い武器となることを痛感させられるが、その一方で、言葉が時には人生に一筋の希望の光をもたらすという例も紹介されていく点がニクイ。
近年、ネット上でも心ならぬ暴言や本音が投稿され、炎上を招くケースが多々ある。『スリー・ビルボード』では、文字通り3枚の看板が炎上するシーンがあるが、その流れは現代のネット社会へのメタファーになっているような気さえしてくる。
また、本作では、クライムドラマにありがちな予定調和な結末を敢えて封じている。それなのに、いびつでささくれた心をもつ登場人物たちを迎えるのは、魂を震わせる結末なのだ。いやあ、心憎い。オスカーの行方が今から楽しみである。
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