今年に入って上昇を続けている米国の長期金利(10年物国債利回り)が、いよいよ3.0%目前となってきた。長期金利が3.0%を超えていたのは、2013年終盤のごく短い時期を除けば、2011年夏まで遡る。
当時は、2008年9月に発生したリーマン・ショックによるデフレ圧力が色濃く残るなかで、米FRBはQE(量的緩和)第2弾を終えたばかりだった。一方で、日本銀行やユーロ圏のECB(欧州中央銀行)は、マイナス金利やQEといった、いわゆる非伝統的緩和策に踏み切る前だった。
そして、主要な中央銀行が非伝統的緩和策に一段と踏み込んだことが、その後の世界的な金利低下を促したとすれば、それらの中央銀行が正常化を進めつつあることがここもとの金利上昇の背景だと考えられよう。
1月12日付けの投稿「米国の長期金利上昇が意味すること」で、長期金利上昇の主な要因として、(1) 景気の堅調やインフレ期待の高まり、(2) 利上げ観測の高まり、(3) 国債需給の悪化を指摘した。
2月に入ってからは、短期金利がさほど上昇しないなかで長期金利が大幅に上昇している。そうしたイールドカーブ(利回り曲線)のスティープ(右上がりの急勾配)化は、「悪い金利上昇」であり、上述の(3)の影響が大きいと判断することができそうだ。
今年1月に「中国が米国債投資を見直し(購入停止や売却の意か)」との報道もあったが、これは「フェイク・ニュース」として中国当局が否定した。しかし、より重要なのは米国債の需要側よりも、供給側の要因だろう。国債の供給(純発行額)増加が見込まれることだ。
昨年12月にトランプ大統領の肝いりで成立した税制改革は、個人や法人の減税を含んでおり、中立のCBO(議会予算局)によれば、10年間で1.5兆ドルの財政赤字拡大要因とされた。
さらに、今年に入って、トランプ大統領は1.5兆ドルのインフラ投資計画を打ち出した。2月12日に発表された予算教書によれば、このうち財政負担はシードマネーの2,000億ドルにとどまる。
しかし、国防費などの増額を見込むため、高齢者医療保険など福祉関連を切りつめても、今後10年間の財政赤字は総額7.1兆ドルに達するという。共和党は永らく財政均衡(=赤字ゼロ)を目指してきたが、予算教書からその精神をうかがうことはできない。
また、2月9日、議会はシャットダウン(政府機関の一部閉鎖)を終わらせるため、3月23日までの継続予算を可決した。そのなかで、2018-19年度に国防支出と国防以外の支出を増額することで合意している。
このように、政府や議会が財政赤字の拡大を容認するのであれば、財政規律の喪失が大いに懸念されるところだ。
財政赤字の拡大による「悪い金利上昇」といえば、80年代のレーガノミクスが想起される。(トランプ大統領ではなく)レーガン大統領が「強いアメリカ」を標榜して、減税や軍備増強を進めたことで、財政赤字は拡大。
それが長期金利を押し上げて過度なドル高を招き、産業空洞化や経常赤字の拡大につながった。そうした財政赤字と経常赤字は「双子の赤字」と呼ばれた。
主要国が過度なドル高の是正を目指したのが、85年9月のプラザ合意だった。その後はむしろドル安が止まらなくなり、87年2月のルーブル合意の失敗を経て同年10月のブラックマンデーへと繋がる流れだった。簡単に言えば、米国の「悪い金利上昇」が世界の経済や金融市場を混乱させたということだろう。
足元の長期金利の上昇は、ドル高ではなく、ドル安をもたらしている。80年代の学習効果から、為替市場が「悪い金利上昇」の帰結を先取りしていると取れなくもない。いずれにせよ、今後も「悪い金利上昇」が続くのであれば、経済や金融市場の混乱に備えるべきかもしれない。
執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)
マネースクウェア・ジャパン 市場調査部 チーフエコノミスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。2012年9月、マネースクウェア・ジャパン(M2J)入社。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査部レポート」、「市場調査部エクスプレス」、「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。