昨年暮れに7年振りの新作"NO_ONE EVER REALLY DIES"を発表したN*E*R*Dやザ・ネプチューンズなどの活動で知られるミュージシャン/プロデューサー/ファッションデザイナーのファレル・ウィリアムスが、1月16日、Apple 銀座で実施されている無料の学習講座「Today at Apple」のセッション「Music Lab」に登壇。サウンドメイキングについて自身の哲学を語った。
Today at AppleのMusic Lab(ミュージックラボ)では、音楽制作の舞台裏でプロデューサやDJ、ミュージシャンといったプロフェッショナルが作品をどうやって生み出しているのか、そのアプローチやアイディアを形にするノウハウなどを紹介している。
今回の「ファレル・ウィリアムスに学ぶ、創造力の源」と題されたこのセッションでは、サウンドメイキングにおけるインスピレーションを見つける方法や、新世代の音楽制作ツールの製造および販売を行っている英国のスタートアップ企業「ROLI」の製品群が紹介された。ちなみに、ファレルは現在、ROLIのCCO(Chief Creative Officer)に就いている。
最初に登壇したのはROLIのCEOであるローランド・ラム。禅修業のために日本での暮らしていた時期もあるというローランドは流暢な日本語で自身の経歴に触れたのち、プロダクトデモンストレーターであるマルコ・パリジとジャック・パリジの兄弟ユニット"PARISI"を紹介した。
ローランドは、まずROLIの沿革と現在目指している方向を説明すると、最初の製品となった鍵盤状のコントローラー「Seaboard」について解説し始めた。Seaboardは、ピアノで用いられている鍵盤のような形状を採用してはいるものの、一枚のシリコンで出来ており、打鍵する以外のさまざまな方法で演奏ができる。最近はプロミュージシャンのスタジオやライブの現場でもよく見かけるSeaboardだが、昨年1分間だけアカデミー賞の作品賞に輝いた『ラ・ラ・ランド』で、ライアン・ゴズリングがソロプレイをキメるシーンで出てきたのを覚えている人もいるのではないだろうか。Seaboardでは、シリコンでできた表面を押す速さ、左右のスライド、上下のスライド、押し込む動作、離す動作の5つのジェスチャーに反応し、管楽器のような吹き方によってピッチが変わる表現、弦楽器でのビブラートをかけるといった表現が可能だ。
これら5つのジェスチャーはなんと、「書道」の筆運びから着想を得ているという。紙に筆を押し付ける、払う、止める、それに縦のストローク、最後にちょっと力を加えて腕を上げてはねるといった動きが前記の5つのジェスチャーへと置き換えられたのだ。
Seaboard開発の立脚点は、ローランドが得意としているジャズピアノでのプレイスタイルに変化を付けたかったというところにある。アンサンブルの中で、サックスプレイヤーやベーシストの演奏を聴いていて、自分もあんな風なプレイをしてみたいのにできないという、ある種のジェラシーが湧き上がってきたそうだ。ピアノでは鍵盤と鍵盤の間にある中間の音を弾くことはできない、だが、その音を表現したいと思うのは自分だけではないはずだ、ということで、インダストリアルデザインの視点から開発が始まった。
ローランドはまた、写真やグラフィックなど視覚的な芸術表現と比較して、音楽はテクノロジーを取り入れるのに成功しているようで成功していないというところに不満を抱いている。たしかにDAW(Digital Audio Workstation)の発展により、制作の現場での利便性や新たな表現の獲得という点ではテクノロジーの恩恵を受けている。極端な話、楽器が全く弾けなくても音楽を創ることはできる状況になっている。だが、DAWのオペレーションは往々にして複雑で、楽器が弾けなくてもOKだとしてもそれなりに音楽の知識がなければ、扱うのは難しい。
スマホのカメラで撮って、アプリで加工して「インスタ映え~」といったようにイージーにできなかったという側面は間違いなくある。そこで、Seaboardでは、管楽器が吹けなくてもサックスの演奏ができる、弦楽器が弾けなくてもチェロのプレイが楽しめるというようにしたかったのだと明かした。
デモを披露してくれたPARISIの演奏は見事で、ホンモノのギターを、サックスを、ウッドベースを弾いているように聞こえた。Seaboardの表現力の幅はかなりのものだと実感できた。しかし、である。マスターすればいい楽器はSeaboardだけで良いとしても、他の楽器の演奏をシミュレーションするには、その楽器の特性を知っていなければならない。例えば、ギターで、今弾いた音から、5オクターブ上の音へ跳躍するのは楽器の構造上不可能であっても、ピアノなら簡単にできるのだが、Seaboardが鍵盤楽器のような形状をしているからといって、そのようなプレイを持ち込んだ場合、音色はギターそっくりだったとしても、演奏はまるでそうとは聞こえないだろう。
となると、やはりSeaboardでも、ある程度の音楽的な知識は必要となってしまう。音楽では「インスタ映え」みたいな現象は期待できないのか? いや、そんなことはない、Seaboardのベースとなっているコンセプトでいけるはず、ということで開発されたのが「ROLI BLOCKS」だ。
「ROLI BLOCKS」は、「Lightpad Block」というタッチセンサーを搭載したコントロールモジュール、調性やオクターブの切り替え、コードやアルペジオの演奏、音の長さなどを制御するモジュール「Live Block」、テンポの設定、ループの録音やクオンタイズなどの操作を司る「Loop Block」の3つで構成される。これらのモジュールを使って、iPhone/iPad用アプリ「NOISE」をコントロールし、音色の選択、エフェクトの追加、ループの記録と再生をして曲を組み上げていくのだ。
Lightpad Blockは核となるデバイスで、モジュラーシステムを採用しており、本体に搭載されたマグネットで何台でも接続していける。Bluetoothと磁気で繋がっていて、ケーブルは使わない。単音、和音はもちろん、リズム楽器の演奏も行えるのが特徴だ。スケールに沿ったフレーズを奏でられるので、前述のような楽器の特性を知らなくても、触るだけで、それらしい演奏ができるのである。
ROLI BLOCKSの音源部分となるNoiseではリズム楽器、ベース、コード楽器、メロディ楽器が用意されており、Lightpad BlockとLive Block、Loop Blockから一曲に仕上げることができる。音楽理論を全く理解していなかったとしても、土台となるパーツは出来上がっているので、誰が触っても曲のようなものになるというわけだ。
PARISIのパフォーマンスを交えてのROLI主力製品の紹介のち、ローランドはファレル・ウィリアムスを呼び込む。大きな拍手と歓声に迎えられ、ファレルが登場。熱気溢れるApple 銀座のシアターは一気に最高潮の盛り上がりへと向かう。