古くから日本人は、四季の移ろいを切り取って和菓子に落とし込んできた。しかし、一品で「移り行く時間」まで表現した商品があることには、心底驚かされる人も多いのではなかろうか。
「Fly me to the moon 羊羹ファンタジア」の菓銘を持つその羊羹の中に浮かぶ月は、一方の端からもう一方にかけて三日月から満月へと丸みを帯びていく。さらに、月の傍で羽を休めていた鳥は、月に向かって徐々に羽ばたき始めるのだ。
手作りの和菓子の良さを届けたい!
かくも美しきストーリーを和菓子へと昇華させたのは、1848年の創業より長きに渡って、地元・福島県会津若松市で愛され続けてきた老舗・本家長門屋である。商品が誕生したのは2017年4月のこと。手作りの和菓子の良さを、若年層や海外の人にももっと知ってほしいとの想いを胸に商品作りに取り組んだ結果、「PONTE(=イタリア語で橋の意味)シリーズ」の第3弾商品として生まれたのが、今回の「Fly me to the moon 羊羹ファンタジア」だった。
PONTEシリーズのコンセプトは、「伝統菓子の歴史や技術を、現代人の需要をもって継承する」「伝統和菓子の新たな価値を見出し、文化の発展に寄与する」「未来志向のものづくりの発信を通じ、福島の食のイメージアップをはかる」の3つ。背景には、震災後に福島県産品ブランドが大きく傷ついた中、どうすれば消費者が持つイメージとの間の溝を埋めることができるのか頭を悩ませた経験があったという。
イメージしたのはホールケーキ
そこで第3弾では、羊羹を改良して、これまで和菓子を手に取ることがなかった層をも魅了すべく、まずはアンケートを実施。「重たい」「地味」「最初から最後まで味が単調」「切り分けが面倒」の声を受け、「それなら切り分ける楽しさを紡ごう」という発想が生まれた。
「既存のもの同様に切り分けを必要としても、ホールケーキのように心躍る断面であれば、みんなでテーブルを囲んで楽しめるコミュニケーションツールになると考えたんです」と同社の鈴木さん。
完成した羊羹は、見栄えも味もオーソドックスなそれとは一線を画すもの。レモン羊羹で作った月と鳥を封じ込めた寒天ベースの「シャンパン錦羊羹」は小豆羊羹でサンドされ、トッピングとしてクランベリーやレーズン、会津特産の鬼クルミがあしらわれている。菓銘の元となったジャズの名曲「Fly me to the moon」の世界観同様、ロマンチックな気分にさせてくれる逸品だ。
お茶請けとしてはもちろん、コーヒーや紅茶、洋酒ともぴったりの和洋折衷の味わいであるだけでなく、洗練された見た目やコンセプトも高く評価され、第1弾・第2弾を含めたPONTEシリーズとして、2017年グッドデザイン賞を受賞した。
美しい絵と新しい和菓子で、福島の未来を明るくしたい!
さらに、商品がおさめられたパッケージの色彩豊かなイラストにも、大いに注目が集まっている。描き下ろしたのは、福島県浪江町出身の日本画家・舛田玲香さん。とある展示会での彼女のライブペインティングを目にした同社六代目夫婦が、同郷の福島出身であるとはつゆ知らずに声をかけたことが、コラボレーションのきっかけとなった。
「話を進める内、故郷・浪江町を津波と原発で失った舛田さんが、一時は筆を置いたものの、"美しい絵は人を笑顔にする"の信念のもと再び絵を描くことに挑戦していると分かったんです」。しかも、彼女のものづくりに対する姿勢に、「和菓子で新しい提案をすることで福島の未来を明るくしたい」という同社の考えとの共通点を見出し、コラボを提案するに至ったという。
その際、鳥と月のモチーフをベースにすることは決まっていたが、後は何にもとらわれることなく、感じたままに表現してほしいとお願いしたのだとか。そうして完成したパッケージのイラストは、大ぶりな花や自在に空を泳ぐ魚に彩られた実に幻想的な一枚。これに感銘を受けた同社は、中身もその絵にふさわしいものにすべく、さらに試行錯誤を重ねて現行の逸品を誕生させたのである。
本家長門屋、舛田さん、そして、現地福島に暮らす人々をはじめとする大勢の想いを乗せた「Fly Me to The Moon 羊羹ファンタジア」は、同社オンラインショップでも購入可能。見て楽しい、カットして楽しい、食べて楽しい羊羹をみんなで囲み、至福のひとときを過ごしてみてはいかがだろうか。