子供たちに、情報化やグローバル化など急激な社会的変化の中でも、未来の創り手となるために必要な資質・能力を確実に備えることのできる学校教育を実現する――。2017年3月に改定された学習指導要領の一文だが、この文章が意味するところは何か。
生徒自身が主体性を持ちつつ協調性を持って深い学習を行うアクティブ・ラーニング、あるいは2020年から必修化されるプログラミング教育を指すものと読めるが、アドビ システムズ デジタルメディア ビジネス本部 教育市場営業部 担当部長の楠籐 倫太郎氏は「未来の創り手とは、(付加)価値を産む人。今までになかった価値を生み出す人間が、AIの進化やグローバル化による仕事を奪われる時代において、次に何を成すか描いていける」と語る。
日本人は創造性がない?
人のルーチンワークをAIに置き換えることは、「仕事が奪われる」と言うよりも「無駄な作業を効率化させる」という言葉が正しい。
かつて人が飛脚で運んでいた郵便が自動車に置き換えられ、現代ではEメールへと移り変わったように、人々はその過程を受け入れてきた。むしろ今、「飛脚」を求める人間がいないように、AIに置き換えられる作業はいずれ「誰もやりたがらない仕事」になるはずだ。そうした時代において、どういう人材を作り出すのか。それが、次期学習指導要領の本質であり、アクティブ・ラーニングやプログラミング教育はあくまで「手段」でしかないことがわかる。
その「未来の創り手」を多く輩出する上で、日本は課題を抱える。例えば、アドビが2016、2017年に調査した「Gen Z in the Classroom : Creating the Future」では、Z世代(中学、高校の6学年)が「創造性」に対してネガティブな印象を抱いている。他国では、自分自身を「創造的」と評価している割合が、アメリカでは47%、オーストラリアも46%、ドイツが44%、イギリスが37%であるのに対して、日本ではわずか8%にとどまっている。
また、社会人になった後の将来についても、他国では「ワクワクした気持ち」「自信のある気持ち」がおおよそ半数を占める中、日本は「不安な気持ち」が圧倒的に多い53%と、ある意味で日本人らしい悲観的な感情を強く抱いている。しかしこれらはあくまで自己評価であって、楠籐氏は他国と比較して能力そのものが劣っているというわけではないと話す。
ではどのように彼らを「未来の創り手」へと変貌させるのか。楠籐氏は、「自らの手で課題を解決する『体験』と、新たな進路を発見する『自信』」が鍵になると言う。
地方の課題解決をデザインの力で
アドビは地域課題の解決や地方創生を「デザインの力」で解決することを目的としたコミュニティ・イベント「Adobe Design Jimoto」を2年前にスタート。これまで福岡と渋谷、奈良、千葉と都市圏を中心に行ってきたが、今回は宮城県・気仙沼市でイベントを開催した。
今回は「気仙沼のオリジナルパッケージをつくろう」という題目で、宮城出身のクリエイターと気仙沼の唐桑中学校2年生の41名がチームを組み、ともにショッピングバッグや封筒といった地域の共通デザイン作りを行った。主催するNext Switchの代表 鈴木 歩さんは、「震災以降、地域の価値を改めて考える活動が増えている。その上で、どう地域を(外に)伝えていくかも大切な課題であり、解決していきたい」と語る。
このイベントは、アドビのデザインに対する啓蒙活動、およびその活動を通して同社のデザインツールの認知拡大を図る意義がある一方、"地元"の価値を自分たちで認識し、その認識をどう対外発信していくかという「課題解決の体験」をさせるものだ。震災から7年が経とうとする今、気仙沼に限らず「被災地」という認識が薄れつつある。しかし、取材で同地を訪れた限りでは、仮設施設や更地も多く、「復興した」とは到底言えない状況が見て取れる。
だからこそ、同中学の校長 高野 勝則氏も「プロのデザイナーにデザインを学べる機会はなかなかない。教えてもらったことを将来に活かしてほしいし、もう一つ、この授業でみんなは『人は、人を幸せにする力がある』と学んだ。授業に参加した大人から貰ったそのパワーを気仙沼のため、被災地の様子を発信してほしい。学んだことは無駄にならないし、色んな所に発信して、唐桑を知ってもらおう」と話す。
アドビと言えばPhotoshopに代表されるプロデザインツールの老舗。創業から35年、日本でも30年近い歴史を持ち、デジタル時代のクリエイティビティの在り方をリードしてきた。一方で、プロフェッショナルツールと見られることで、これまで幅広いユーザー層を持つというよりも、美術を専攻する、あるいはWeb関連事業に携わる人間にしか利用されてこなかった。
しかし、楠藤氏は「未来の創り手」となるために、クリエイティビティへの意識を高めることが必要と説く。ポジショントークにも見えるが、例えばゴールドマン・サックスは600人ものトレーダー専門職をレイオフし、AIアルゴリズムと運用者2名による運用に切り替えた。ホワイトカラーの高度人材でさえAIに取って代わられる時代なのだ。
「メガバンクの人員削減報道もそうだし、実際アドビでもバックオフィス業務はアウトソーシングしており、社員はいない。経理部門でさえ日本法人にはおらず、インドで一括管理している。簿記を覚えても将来は仕事が出来ない。知識を積み重ねるだけの領域はAIにどんどん取って代わられる時代、クリエイティビティを持って価値を生み出す人間が必要とされる」(楠籐氏)
そうした価値を生み出す人間は、何も大人だけでなく、子供たちでも世の中に発信できるようになった。日本の中学3年生のYouTuber「Ntrobotics」は、自らの手で猫の餌やりを遠隔で行う「Pet Feeder」を製作。IoTデバイスを作るだけでなく、3Dデータの公開やそれを英語で発信するところまでトータルで行っている。
「人の能力は掛け算。彼はプログラミングと英語コミュニケーション、ものづくり、クリエイティブを併せ持ったことで、それぞれの領域で100人中1番であったとしても、それは1億人に1人の人材になれたということ。そして、そういう道があるんだということを知らなければ、ほかの子供たちも1億人に1人の人材になれる"経験"ができない」(楠籐氏)