パナソニックが強化するB2Bビジネスにおいて重要な役割を担うコネクティッドソリューションズ社。同社が提供する多言語翻訳サービスの端末「メガホンヤク」は、デザイナーの発案から生まれた製品だ。その開発の背景を同社 デザインセンター 第1デザイン部 クリエイト1課 課長の松本 宏之氏に聞いた。
【特集】変わる、パナソニック。
2017年4月、前日本マイクロソフト会長の樋口泰行氏がパナソニックに舞い戻った。彼が担当するのはB2B領域のパナソニック コネクティッドソリューションズ。顧客の要望に合わせた製品づくりを得意としていた同社のB2B部隊だが、時代の変化から、もはや「ただの下請け」では生き残ることは出来ない。「どうやってビジネス転換を実現するかをしっかり考えないといけない」と話す樋口氏の覚悟、そして変わりゆくB2B部隊の今を追った。
プロトタイプだけのつもりが……
メガホンヤクは、拡声器(メガホン)型の端末を使い、空港や駅、イベントで訪日外国人に対して案内・誘導などを行うための翻訳サービスだ。端末の見た目は一般的なメガホンで、「多数の人に同時に音声を届ける」という役割は変わらない。翻訳機能が搭載されているのが特徴で、メガホンヤクに話しかけるとその言葉を最大4カ国語に翻訳してくれる。
メガホンヤクを開発するきっかけは、パナソニック社内で開催の内覧会「ワンダージャパンソリューションズ(WJS)」だった。
「完成前の試作を展示して来場者とともに商品として創り上げていく」という目的で、2015年2月に初めて開催された。2020年の東京五輪という一大イベントに向け、未完成なプロトタイプを顧客に見せることで、社内だけでは気づけなかった要素を製品開発に活かそうという狙いがあったのだ。
イベントで用意されたテーマの一つが「インバウンドの外国人訪日客に向けたもの」。これに対して「役立つもの、面白いもの」の提案を求められた松本氏は、UXデザイナー、デザインエンジニアと3人で「翻訳メガホン」のコンセプトを考え出した。
「以前なら、CGやモックアップなどで表現すれば十分だったが、最近は『体験』してもらわないと伝わらない」(松本氏)として、実際にスマートフォンやスピーカー、バッテリーを埋め込んだメガホン型の翻訳機を試作、提案した。
結果としてWJSで高い評価を得たものの、松本氏としてはプロトタイプの提案で一旦完結したと考えていたという。だが数カ月後、同社の技術者が集結するイノベーションセンター(IC)の翻訳技術を開発している部署が興味を持ったという話を聞きつけて担当者に連絡。それがきっかけで商品化に向けた開発がスタートした。
だが、WJSでのプロトタイプ初号機はデザイン性やコンパクトさを優先したため拡声器としての製品レベルが及ばず、「空港での実証実験でも、100m先までは声が届かなかった」(松本氏)という。そこでまずは要求水準を満たす大型の拡声器にスマートフォンを装着したものをICの技術メンバーが試作した。
次の課題は小型化だったが、メガホンの構造は単純なように見えて「形状にものすごいノウハウが詰まっている」(松本氏)ため、性能を落とすことなく、スマホとの融合や小型化を図るのにかなり苦労したという。もし、ベースとなるメガホンの形を大きく変えてしまえば、開発期間が1年半~2年も余計にかかってしまい、スピード、投資金額ともに長大になりすぎる。
そうした判断から、メガホンの構造は現行の拡声器をうまく共用しながら、ディスプレイと本体との融合、操作性など、技術者と一緒になって試行錯誤を重ねていった。結果として、スタートから1年半後の16年12月、販売を開始することができた。
既存の商品カテゴリの製品開発でも時間がかかるのに、(メガホンヤクという)ニューカテゴリの商品をゼロからこの短期間で商品化できたのは、「機能性確保とスピード開発」の両輪を常に意識合わせしながら進めたことによるものだという。
「胸を張って割り切った」メガホンヤク
製品化したメガホンヤクは「定型翻訳」を採用している。Webサービスやアプリで利用する自由翻訳を採用しないのは不自然にも思えるが、メガホンヤクが利用されるシーンから逆算した仕様だと言う。
双方向に会話するデバイスではないメガホンのため、自由な会話は必要ない。駅や空港といった決まった場所で、非常時における訪日外国人などの誘導にこのメガホンヤクが必要となる。それであれば、無駄な通信によるバッテリー切れを起こすことの方が問題になる。
また、約300にも及ぶ定形翻訳文も単純にテンプレートを用意するだけではない。パナソニックが長年培ってきた音響技術や音声照合・認識技術を駆使して、発話内容を聞き取り、それに適した翻訳文を選択する。非常時の誘導では、「情報の正確性」が最優先。万一でも「右」を「左」と翻訳しては命に関わる可能性もある。そうした致命的な誤認識をしないように徹底的にチューニングしたほか、さまざまな言葉の言い回し、方言といった差分も限りなく吸収したという。
もちろん、一般的な自由翻訳を採用する手がなかったわけではない。ただ、B2B向けという商品の性質上、販売数が限られるため、開発工数、コストが増大する翻訳機能ではリニアに価格に直結する。だからこそ、顧客から一番求められている価値は何か、最優先すべき目標を開発メンバー全員で共有した上で「胸を張って(機能を)割り切った」と松本氏は話す。