映画『DESTINY 鎌倉ものがたり』で描かれる古都・鎌倉は、人間と、魔物に幽霊、妖怪が共生している不思議な土地。そこに暮らすミステリー作家・一色正和(堺雅人)と妻・亜紀子(高畑充希)は日々、奇妙な出来事に出くわしながらも楽しい日々を送っていた。ところがある日、亜紀子が不慮の事故で亡くなって、正和は黄泉の国へと追いかけていく。

  • 高畑充希、堺雅人

    左から高畑充希、堺雅人

監督は、先ごろ、2020年東京オリンピックの開閉式の演出を手がけるチームのひとりにも選ばれ、『ALWAYS 三丁目の夕日』を大ヒットさせた山崎貴で、最新のCG、VFX技術がふんだんに使われている。冒頭、嫁いだばかりの亜紀子が、正和の車に乗って鎌倉にやって来るところから、生活圏である鎌倉の風景までもが、レイヤーが重ねられた絵画のように見える。魔物や幽霊が人間世界に当たり前に侵食している土地という設定なので、前半の鎌倉も十分現実離れしてファンタジックにもかかわらず、後半の、中国の武陵源と鳳凰古城を参考にして描いた黄泉の国が輪をかけてファンタジック。夢の世界の二段重ねの、なかなかない映画だ。

鎌倉の自然も、正和夫婦の暮らす古民家も、どこもかしこもリアルなアニメのように微細に作り込まれているため、俳優もナチュラルな芝居では埋没してしまうだろう。そこで、舞台出身の堺雅人、高畑充希、堤真一、舞踊家の田中泯などのダイナミックな動きや表情がファンタジーと現実を接続する役割を果たす。

なかでも堺が凄い。これまで、ドラマ『リーガル・ハイ』シリーズや『半沢直樹』、大河ドラマ『真田丸』で見せてきた、トゥーマッチにも思えるくらいのカラダの動きや表情が、視聴者を惹きつけてやまなかった堺だが、その力は、映画という大スクリーンでこそ、いっそう発揮することを見せつけた。

堺の喜怒哀楽、一挙手一投足が、『鎌倉ものがたり』とは、この世とあの世のふたつの世界だけでなく、この世にもたくさんのレイヤーが重なっているという世界のスケールの広さや深さを表している。最初は、それこそ高畑充希とふたりして、トゥーマッチかなあと思って見ていると、いつの間にか慣れてしまい、最後は黄泉の国でのふたりの冒険が、ジブリアニメを見ているように、心が自由になっていくのだ。洋画の『ナルニア国物語』とか『ハリー・ポッター』シリーズのように、日本の実写ファンタジーで、風呂敷が歌舞伎の波幕のように大きく広がったのは、CG、VFX技術ではなく、俳優・堺雅人の力だ。

顔の筋肉を自由自在に動かす堺

まず、冒頭、亜紀子を助手席に乗せて車を運転しているときの、堺の横顔に注目してしまった。眉と額の境がくっきりしていて、眉尻から頬骨の脇を通って、顎に至るまでの顔の筋肉の流れも、まるで薄い面をかぶっているように見える。堺はこの面をじつに自由自在に動かして表情をつくっている。要するに表情筋の動きがいいのだ。それが、『リーガル・ハイ』や『半沢直樹』で火が付き、その後、いろいろなドラマで踏襲された“顔芸”エンターテインメントを開拓した。

だが、劇中のそれ(いわゆる顔芸)は最初、正和のある種の自己愛につながっている。かなりの年齢まで独身を貫いていたくらいの変わり者の作家である。なぜか、かなり年の離れた亜紀子と結婚することになったものの、その独特な生活に亜紀子は呆れるばかり。ふだんは穏やかそうだが、仕事や趣味に夢中になり過ぎて、そのときだけ感情表現がオーバーになる。さらに彼は、子供の頃知ってしまった、父母の秘密がトラウマになっていた。『リーガル・ハイ』でパロディをやっていた金田一耕助みたいなところもある。

それが突然、亜紀子が黄泉の国に行ってしまい、彼女の魂を取り返しに行くあたりから、彼のモチベーションは亜紀子になって、みるみる頼もしくなっていく。

映画の技術を後押しする魅力

印象に残っているのは、ある場面で、堺雅人が、悲しみを表現するときに、涙を流すのではなく、カラダで表現するところ。心の痛みをカラダの痛みに置き換えて表現するのは、演劇的表現だ。これが、この映画ではかなり効いていた。

最近、アニメーション映画『君の名は。』や『この世界の片隅に』で描かれる背景や人間描写がリアルなこの現実よりも豊かに細かく描かれ、人間の方は、漫画の絵を真似しているという逆転現象が起こっているところで、堺雅人は想像力の限界まで人間の感情を表現するという偉業をやってのけた。

亜紀子を迎えにいって黄泉の国をふたりで逃げ、ある伏線によって事態に変化が起こる流れは、脚本もよくできているし、CGもすばらしいし、音楽もいいのだが、やっぱり俳優の表情が、映画のわくわく感を後押しする。だからこそ、映画がすてきな体験になった。

堺雅人は、魔法の仮面をかぶっている。

■著者プロフィール
木俣冬
文筆業。『みんなの朝ドラ』(講談社現代新書)が発売中。ドラマ、映画、演劇などエンタメを中心に取材、執筆。著書『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』、構成した書籍に『庵野秀明のフタリシバイ』『堤っ』『蜷川幸雄の稽古場から』などがある。最近のテーマは朝ドラと京都のエンタメ。