ボーイング社は、飛行試験に使用していた787の初号機(ZA001)を、中部国際空港に寄贈した。この機体がラストフライトで中部国際空港に到着したのは2015年6月22日のことで、その模様はこちらでレポートした。
そのZA001をようやく、終の棲家となる「FLIGHT OF DREAMS」に搬入する運びとなった。なお、イベント全体の模様については「ボーイング787初号機、3,500人に見守られ公道封鎖経て大移動」も併せてご覧いただければと思う。
移動距離は900メートル
「FLIGHT OF DREAMS」の開設について発表があったのは2016年11月9日のことで、施設の概要についてはこちらでレポートした。施設は機体を囲むようにして構成するので、建設途上の段階で機体を運び込んでおかなければならない。
ZA001は中部国際空港に到着した後、駐機場の南方、ボーイング社のDOC(Dreamlifter Operations Center)に近い場所に露天駐機していた。一方、「FLIGHT OF DREAMS」の建設現場はターミナルビルの南東側、バス駐車場があるエリアの南側である(DOCについては、こちらの記事を参照)。
普通なら、飛行機はエンジンをかけて自力で移動できる。しかし、ZA001は飛行不可能な状態であり、その手は使えない。そこで、全日空の関連会社・ANA中部空港が提供したトーイングカーで機体を牽引することになった。
トーイングカーは、エンジンをかけていない機体を牽引したり、スポットから機体をプッシュバックしたりする際に使用する。C-17AグローブマスターIIIのような一部の例外を除いて、飛行機は地上でバックができないから、バックするときにはトーイングカーに押してもらわなければならない。
今回の移動距離は約900メートル。787のような大きなワイドボディ機が、完成品の状態で空港の制限地域の外に移動するのも、その過程で公道を横切るのも、初めての事例だという(製作途中の機体や小型の機体であれば、すでに事例はある)。そこで安全に移動を行うため、空港内の一部の公道を通行止にする措置がとられた。ということは、今回の移動には空港だけでなく警察の協力もあったものと思われる。
実は、最後の建屋への搬入が簡単ではない。ギリギリのサイズの開口部を通して、翼幅が60.1メートルもある機体を建屋の中に入れなければならないのだ。翼端も垂直尾翼もギリギリで、建屋を構成する鉄骨との空間余裕は70cmぐらいしかない。
下から見上げる形になっていた関係なのか、垂直尾翼は鉄骨に当たりそうに見えてしまい、「ちゃんと入るんだろうか」と心配しながら見ていた。もちろん、適切に設計してあるから入るのだが。実のところ、ギリギリの空間余裕しかない状態での搬入も、関係者は「ひとつの見せ場」と考えていたようである。
駐車場から建屋に移動する最後の行程では、路面に3本のラインを引いてあった。これは、首脚と主脚の位置に相当する。このラインに沿って機体を移動しないと、翼端を鉄骨にぶつけかねない。建屋の中では首脚と主脚の停止位置にマーキングをしてあったので、「ああ、ここまで来るのか」というのが一目でわかった。
陰の主役はトーイングカー
三車輪式の航空機の場合、トーイングカーは首脚に連結する。牽引用のバー(トーバー)を使ってトーイングカーと首脚をつなぐタイプと、車体に設けた凹みに首脚の車輪を抱え込むトーバーレスのタイプがある。今回の機体移動で使われたのはトーバーを使用するタイプだった(余談だが、トーバーは機種ごとに専用のものがある)。
飛行機の首脚は操向可能な構造になっているから、トーイングカーが向きを変えれば、それに合わせて首脚の向きも変わる。ただし注意しなければならないのは、旋回するときの中心(転心)である。
クルマの操舵も、三車輪式の飛行機と同様に、前輪の向きを変えて行う。ただしクルマの場合、後輪は後ろ寄りの位置に付いているので、転心はその後輪の辺りになる(それがわかっていないと、側面を電柱にこすりつけてしまう)。一方、三車輪式の飛行機では、主脚はほぼ機体の中央部、主翼の付近に取り付けてあるので、転心もその辺りになる。
その転心を考慮に入れて運転しないと、機体が思った通りに向きを変えてくれず、誘導路から逸脱したり、翼端を何かにぶつけたりということになりかねない。また、トーバーを介している分だけ動きが複雑になる点にも留意する必要がある。もちろん、トーイングカーのドライバーはちゃんと心得ているが。
実際に向きを変える際は、どうするか。まず、いったん中央のラインを飛び出すところまで行ってしまう。そして、主脚が適正な位置に来たところで向きを変えて、新しい針路に合わせている。実際の流れを写真でご覧いただこう。