新型ニュー・シェパードと、"マネキン・スカイウォーカー"の宇宙旅行
ドラマチックな脱出試験のあと、ニュー・シェパードの打ち上げは1年以上にわたって途絶えることになった。しかし、活動が止まっていたわけではなく、有人飛行と、そして宇宙旅行の実現に向けた新しい機体の開発が進んでいた。
ブルー・オリジンは、この間の情報をほとんど明かしていないが、SpaceNewsの報道によれば、今年9月には3号機が完成し、打ち上げ試験が行われる西テキサスにある同社の試験施設に運び込まれたという。また4号機も製造され、一説にはこの4号機が、初の有人飛行を行う機体になるという。
そして日本時間2017年12月13日1時59分(米中部標準時12日10時59分)、3号機が初めての打ち上げを実施した。ロケットも宇宙船も高度約98kmに到達し、両者とも無事に帰還した。
ブルー・オリジンはこの3号機を、「次世代型のロケット」と呼んでいる。前述のSpaceNewsの記事によると、この3号機には、たとえば機体内部の機器の点検や交換を行うためのアクセス・パネルの場所を変えるなどし、再使用する際にかかる時間を短縮し、再使用しやすくするための改良が施されているという。また、エンジンの熱を受ける機体下部などの熱防護システムも改良されているという。
そして最も大きな変化は、クルー・カプセルに設けられた大きな窓だろう。従来の試験飛行では、窓のある部分は灰色のカバーで覆われていたが、今回打ち上げられたカプセルには、実機と同じ透明な窓が取り付けられていた。ちなみに同社では、この3号機で打ち上げられたカプセルを「クルー・カプセル2.0」と呼んでいる。
ブルー・オリジンによると、この窓は幅約0.7m、縦約1mの大きさをもっており、宇宙船の窓としては史上最大だという。ちなみにボーイング787などの旅客機の窓と比べると、面積比で約5倍もの違いがある。
このクルー・カプセル2.0には、「マネキン・スカイウォーカー」と名づけられた乗客が乗っていた。もちろん本物の人間ではなく、衝突実験などで使われるマネキン人形で、人体にかかる影響などの評価を行ったという。ちなみに言うまでもなく、この名前は「スター・ウォーズ」に登場する"アナキン・スカイウォーカー"のもじりである。
またロケットの着陸後に、機体の状態の確認などを行う「ブルー2-D2」(R2-D2のもじり)というロボットも、今回初めてお披露目された。
さらに、12の民間企業、研究機関、大学などによる実験装置も搭載され、微小重力環境を利用した実験も行われた。実験を取りまとめたのは、国際宇宙ステーションからの超小型衛星の放出ビジネスも手がけている米国のナノラックス(NanoRacks)で、同社がニュー・シェパードによる宇宙実験を手がけるのは、これが3回目となる。宇宙旅行はまだ実現していないが、ニュー・シェパードの実用的な利用、活用はすでに始まっている。
ブルー・オリジンは今後の試験予定などについても多くを明らかにはしてないが、おそらく2018年の前半にかけて、3号機による無人の試験飛行を繰り返したのち、4号機を使った有人飛行に臨むものと考えられる。それらが順調に進めば、2018年中にも宇宙旅行の提供が始まることになろう。
気になるお値段とライバル
ちなみに、サブオービタル宇宙旅行を目指すロケットや宇宙船は、ブルー・オリジンだけでなく、米国のヴァージン・ギャラクティック(Virgin Galactic)も開発の真っ只中にある。
同社が開発している「スペースシップツー」(SpaceShipTwo)は、飛行機と宇宙船に分かれており、まず宇宙船は飛行機に吊るされて上空まで運ばれ、そこで分離されて宇宙へと飛んでいく。飛行機は滑走路に着陸し、宇宙船も宇宙からグライダーのように滑空して着陸。メンテナンスしたのちにまた結合し、新しい乗客を乗せて、ふたたび飛び立つことができる。
かつてスペースシップツーは、宇宙旅行に最も近い宇宙船だといわれていた。先代にあたる実験機のスペースシップワンが、実際に人が乗った状態で宇宙に行って帰ってきた実績をもつことからも、多くの期待が集まっていた。
しかし、エンジン開発などで遅れが出たことや、なにより2014年に、試験飛行中に墜落事故を起こしたことなどから、宇宙旅行の実現予定はもとより、宇宙に行って帰ってくる試験の実施も遅れており、いまのところまだめどは立っていない。
そこにきて、ニュー・シェパードはすでになんども試験飛行に成功しているため、スペースシップツーよりも先に宇宙飛行を実現させる可能性が高い。
もっとも、ブルー・オリジンは宇宙旅行のチケット価格がいくらになるか、まだ明らかにしていない。
今年3月に、ジェフ・ベゾス氏はニュー・シェパードの1回あたりの回収、再打ち上げにかかる整備のコストを約1万ドル(約113万円)と明らかにしている。それを基にごく粗い計算をするなら、そこに推進剤の費用や、機体の開発、製造費の回収分を上乗せするとすれば、おおよそ1回の飛行で、1人あたり500万円から1000万円ほどの運賃を取れば利益が出る計算になる。
ちなみにヴァージン・ギャラクティックは、1人あたり約25万ドル(約2800万円)ほどで販売しているとされるため、20万ドルほどで販売すればライバルより安く、それでいて十分利益が出ることになる。
数分間の宇宙旅行に数百万円から数千万円もの金額を出せる人は限られるだろうが、いずれ機体の開発がさらに進み、価格競争も進めば、ニュー・シェパードもスペースシップツーも、あるいは他の宇宙船も、さらに安価になる可能性はある。
ニュー・シェパード、月へ?
さらにブルー・オリジンの野望は、サブオービタル宇宙旅行だけにとどまらない。
現在同社は並行して、大型ロケット「ニュー・グレン」(New Glenn)の開発にも挑んでいる。ニュー・グレンは大型の人工衛星や宇宙船を軌道に飛ばせるロケットで、さらに第1段機体は再使用もでき、低コスト化も図っている。
初打ち上げは2020年の予定で、スペースXの「ファルコン9」などと直接対抗できるロケットになるが、衛星会社などによると、ファルコン9よりも打ち上げ能力が大きい一方で、価格はほぼ同じくらいの金額を提示しているという。実現すれば、衛星の商業打ち上げで大きなシェアを占めることも可能になろう。
また、ニュー・グレンに使うロケットエンジンを、同業他社にあたるユナイテッド・ローンチ・アライアンスが開発中の「ヴァルカン」ロケットに供給するという話も進んでいる。
そして、月の南極などに都市を造るという構想も立ち上げており、ニュー・シェパードの技術を使った月着陸船や、地球周辺の軌道と月とを往復する宇宙船の開発も進めているという。なかば冗談で「月へのAmazon宇宙便」ともいわれる。
ニュー・シェパードは推進剤に液体水素と液体酸素を使っているが、月にあるといわれる水を使えば、どちらも電気分解で生成することができるので、月を燃料基地にすることができる。また月の重力は小さいので、地球ではせいぜい100kmにしか到達できないロケットでも、月を拠点にすれば、地球軌道と月との間の人や物資の輸送において、八面六臂の活躍をすることができる。
サブオービタルの宇宙旅行すらまだなのに、月世界旅行とはずいぶんとぶち上げたものだが、重要なのはブルー・オリジンを率いているベゾス氏は、世界トップクラスの大富豪だということである。
同社は創設から現在までの活動のほとんどをベゾス氏の自己資金のみでまかなっており、さらに今年4月には、ベゾス氏が毎年、10億ドル相当にもなるAmazon株を売却し、それで得た資金をブルー・オリジンに投資していると発言している。つまり投資家に頼らず、その指示を受けることもなく、自己資金が続く限りは、独自の目標に向けて走り続けることができるのである。
「近い将来、誰でも宇宙旅行に行ける時代が来る」と言われ続けて約半世紀が経つが、その夢はついぞ叶うことはなかった。
しかしいま、ニュー・シェパードによって、ようやくサブオービタルの宇宙旅行が実現しようとしている。それも、人も技術も、そしてお金もあるブルー・オリジンによって、その実現の可能性はかつてないほど高く、本当に文字どおりの意味で"近い将来"のことになりつつある。
そしてその先には、月世界旅行への切符も待っている。
参考
・Crew Capsule 2.0 First Flight - YouTube
・Blue Origin | New Shepard
・NanoRacks Integrates Largest New Shepard Payload Manifest to Date
・Mannequin Skywalker’s ride to space onboard Crew Capsule 2.0 - YouTube
・Blue Origin enlarges New Glenn’s payload fairing, preparing to debut upgraded New Shepard - SpaceNews.com
著者プロフィール
鳥嶋真也(とりしま・しんや)宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。
著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。
Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info