下地島(しもじじま)をご存知だろうか。沖縄・宮古島から伊良部大橋を渡り、伊良部島の先に広がる小さな島が下地島だが、この島はパイロットの訓練飛行場がある島として知られている。2014年にANAが下地島空港から撤退して以降、琉球エアーコミューターや国土交通省の小型機が訓練を行っていたが、2017年10月より、バニラエアも訓練利用を開始した。なぜこの地を選んだのか、バニラエアのパイロット訓練事情とともにうかがった。
青い空に映える黄色い翼
青い空にエメラルドグリーンの海、そして、離着陸を繰り返す飛行機たち。これ以上もないほどのインスタ映えなその風景は、航空ファンのみならず多くの人々を惹きつけている。下地島は島全体が空港用地になっており、空港の側では、カメラを手にシャッターチャンスを待ち構えている人たちを目にすることになるだろう。
下地島空港は昭和54(1979)年5月に公共用飛行場(第三種空港)として設置され、同年7月に供用を開始し、昭和55(1980)年11月から航空会社のパイロットたちが離着陸の訓練を行う拠点として運用されてきた。この訓練は通常、タッチ&ゴーと呼ばれている。以前はこの地で、プロペラ機からジャンボジェットまで様々な飛行機の姿を見ることができたが、ANAの撤退以降は小型機のみの訓練場となり、そして今回、バニラエアがエアバスA320を引き連れてやってきた。
バニラエアには2017年11月現在、89人の副操縦士(訓練中の副操縦士要員を含む)がおり、2014年5月より副操縦士任用訓練(初任用)を実施している。育成訓練を開始した時から数えると、現在、8期生となる副操縦士要員が日々訓練に励んでいる。
訓練生が副操縦士になるまで
バニラエアでは、大学の航空操縦学科等を卒業した有資格者が初めてジェット機の副操縦士になるために、まずは半年から1年程度、カウンター業務や運航管理などの地上業務を経験させている。これには、フライトに至るまでにどのようなことがそれぞれの現場で起きているのかを身をもって知ることで、パイロットとしての適応能力を高めるという狙いがある。
その後、航空知識や操作要領を習得するための講座であるグランドスクール(座学訓練)で4カ月ほど学び、羽田にてシミュレーターを用いた訓練を1カ月半ほど、さらに下地島空港をイメージしたシミュレーター訓練を2週間ほど行い、実機を用いた訓練(タッチ&ゴー)を下地島空港で実施する。この実機での訓練を終えると、エアバスA320を副操縦士として乗務できる国家ライセンスが付与される。
その後、教官が機長として、訓練生が第二副操縦士として、実際に乗客を乗せたフライトを担当する。その際、現役の副操縦士が操縦室に同席し、副操縦士の目からも訓練生の指導にあたる。このフライトを70回程度経験した後、社内の副操縦士の審査を経て、訓練生は副操縦士として独り立ちできるようになる。副操縦士訓練だけを考えると、1~2年程度で副操縦士となる。
もちろん、訓練すれば誰でも副操縦士になれるわけではない。それぞれの課程において失格は1回までとしており、失格が2回になった時点で、適応能力という観点から副操縦士養成より離脱することになる。それゆえに、訓練生も一切気が抜けない。第1回となった下地島空港訓練に立ち会った教官歴13年の仲村暁(さとる)さんは、「訓練生はいい意味で普通の子。とても素直でひたむきで、一生懸命なことが伝わってきます」と言う。
また、下地島空港での訓練を終えた副操縦士要員たちは、「下地島での民間ジェット機の訓練は何年かぶりということで、地元の方も多く集まってくださいました。横風が厳しい中での訓練でしたが、その分自分たちで着陸させているという実感がわき、とても身になる経験となりました」、「訓練生の聖地で訓練ができたこと、厳しい気象条件の中での離着陸できたことは私たちにとって貴重な経験となり、大きな財産となりました」、「今回、空港関係者も含め、島全体で迎え入れてくれている感じがしました。また、トラフィックも少なく、効率のいい訓練となりました」等とコメントしている。
訓練期間の短縮化も
バニラエアの下地島空港での訓練は、この10月が最初であり、次の訓練生が下地島空港に訪れるのは2018年1月を予定している。今までバニラエアのタッチ&ゴーは、中部国際空港や北九州空港を利用してきたが、下地島空港という確実に訓練ができる環境を確保することが、会社がこれからも成長していくために欠かせないことだったと仲村さんは話す。
パイロット不足は航空業界を悩ませるひとつの問題であり、各社は自社養成や有資格者(ライセンサー)の育成など対策を講じている。空港での訓練ともなると、旅客便・貨物便などとの調整も必要となり、訓練できる空港やその訓練時間が限られてしまうのが現実だ。
また、各航空会社の訓練時期は重なることも多い。民営化された空港では特に、就航している航空会社に対して優先的に提供を行っていることもあり、希望する時期に訓練環境を確保するのが益々難しくなっていたという。その中で、かつては大手2社も訓練の拠点とし、現在も引き続き琉球エアーコミューター等が使用しているという下地島空港が選ばれることとなった。
今までは訓練時間の制約等で1日に限定された時間の訓練しか実施できなかったり、日程待ちで訓練期間が長くなってしまったりすることもあったという。環境を下地島空港に移すことで、希望する日程・時間に訓練することができるようになり、結果、訓練期間の短縮も期待できる。
また現在、三菱地所が下地島空港の国際線等旅客施設整備・運営およびプライベート機受入事業を進めており、10月11日には2019年3月に開業を目指した下地島空港旅客ターミナルの新築工事が着手された。下地島空港では民営化を通じて、国際線・国内線LCCおよびプライベート機等、新たな航空需要の受け入れを目指している。
宮古島には現在、海外クルーズ船を通じて多くの訪日外国人が訪れているなど、今後も旅行需要の増加が見込まれている。今回のバニラエアの運用はあくまでも訓練場としての運用ではあるが、今後、宮古島自体の宿泊施設やタクシー等という観光基盤が整うことともに、バニラエアの宮古島線就航にも期待したい。