衆議院総選挙の影響で放送開始が延期になっていた『民衆の敵~世の中、おかしくないですか!?』(フジテレビ系)を最後に、すべての秋ドラマがそろった。
初回の視聴率では、『ドクターX~外科医・大門未知子~』(テレビ朝日系)が20.9%を記録する盤石のスタート。新作では池井戸潤原作ドラマ『陸王』(TBS系)が14.7%、『奥様は、取り扱い注意』(日本テレビ系)が11.4%を記録したが、その他の作品は例年や今夏と比べて厳しい船出となった。
しかし、録画やネット視聴の多い現状ではこの数字はあてにならず、そもそもドラマの視聴率と面白さは別問題。秋ドラマで本当に面白くて、今後期待できるのはどの作品なのか? 今期もドラマ解説者の木村隆志が、俳優名や視聴率など「業界のしがらみを無視」したガチンコで、秋ドラマの傾向とおすすめ作品を挙げていく。
秋ドラマの主な傾向は、[1]民放各局のカラーが見事に分散 [2]社会の敵や問題と向き合うヒューマン作 [3]主演俳優の極端な高齢化 の3つ。
傾向[1] 民放各局のカラーが見事に分散
今秋は、かつてないほど民放各局のカラーが見事に分かれた。
日本テレビは、綾瀬はるか×主婦&元工作員の『奥様は、取り扱い注意』、櫻井翔が商社マン&校長の『先に生まれただけの僕』、ディーン・フジオカが脅迫屋&ダジャレ男の『今からあなたを脅迫します』。"強力主演×話題性"をかけ合わせた3本で勝負している。
TBSは、池井戸潤の原作を『半沢直樹』チームが手がける『陸王』、『木更津キャッツアイ』『流星の絆』などを手がけた脚本・宮藤官九郎と演出・金子文紀コンビの『監獄のお姫さま』、好評の第1シリーズに『逃げ恥』の那須田淳プロデューサーと今年「向田邦子賞」を受賞した矢島弘一を脚本に加えた『コウノドリ』。自信と野心あふれる"超強力布陣"をそろえた。
フジテレビは、市議を目指す主婦が社会問題に切り込む『民衆の敵』、スクールカウンセラーが生徒の死と学校問題に対峙する『明日の約束』。凸凹コンビの刑事が女性絡みの事件に挑む『刑事ゆがみ』。政治、学校、事件がテーマの"硬派路線"で、「視聴者の身近な問題に寄り添おう」という姿勢が見える。
テレビ朝日は、シーズン16の『相棒』、シーズン17の『科捜研の女』、シーズン5の『ドクターX~外科医・大門未知子』。"シリーズ作に専念"することで、「刑事と医療で固定ファンをがっちり囲い込んで、視聴率を確保しよう」という単純明快なスタンスをさらに進めた。
"強力主演×話題性""超強力布陣""硬派路線""シリーズ作に専念"。まさに、4者4様の戦略であり、他クール以上に「自局のカラーや強みを出そう」という力作ぞろいなのは間違いない。どの局のどの作品が視聴率と支持を得られるのか、最後までその争いはもつれるだろう。
傾向[2] 社会の敵や問題と向き合うヒューマン作
戦略こそ4者4様だが、作品のテーマやムードは、意外にも似通っている。
『民衆の敵』は政治家と政治問題、『明日の約束』は母子関係と学校問題、『奥様は、取り扱い注意』は主婦の闇と主婦を傷つける悪者、『刑事ゆがみ』は女性絡みの犯罪、『ブラックリベンジ』(日本テレビ系)は週刊誌報道とえん罪、『ユニバーサル広告社~あなたの人生、売り込みます!~』(テレビ東京系)はシャッター商店街、『コウノドリ』は妊娠・出産をめぐる医療問題、『先に生まれただけの僕』は教育現場における教師と生徒それぞれの問題、『さくらの親子丼』(フジテレビ系)は社会に居場所のない人々の苦境、『陸王』は老舗と斜陽産業の現実を描いている。
いずれも、社会の敵や問題と向き合う主人公たちの姿を描くヒューマン作。「読書、芸術の秋」と言われるように、他の季節よりもドラマをじっくり見てもらいやすい時期ということもあり、各局ともに骨太な世界観の作品に挑戦している。
また、秋ドラマは年間スケジュールの軸となる時期だけに、見方を変えれば、「プロデューサー、脚本家、演出家が本当に作りたいものを作っている」とも言えるだろう。だからこそ、実績とスキルのあるスタッフを投入し、早い時期から制作をはじめる作品が多く、実際『陸王』『先に生まれただけの僕』などは1年以上前から進めているという。
近年、「社会派やヒューマン作は視聴率が獲れない」と言われていたが、ここまでのところ『明日の約束』『先に生まれただけの僕』のような質の高い作品が低視聴率にあえいでいる。それでもスタッフたちは、その概念を打ち破ろうと最後まで信念を貫き通すはずだ。
傾向[3] 主演俳優の極端な高齢化
今秋のラインナップを見たとき、真っ先に感じたのは、「主演俳優がベテランばかりだな」ということ。事実、プライムタイム(19~23時)に放送されている作品の平均年齢を計算してみたら……何と44.5歳だった。
しかも、60代の水谷豊(65)、役所広司(61)。50代の沢口靖子(52)、小泉今日子(51)、沢村一樹(50)。40代の竹野内豊(46)、篠原涼子(44)、浅野忠信(43)、米倉涼子(42)。30代のディーン・フジオカ(37)、綾野剛(35)、櫻井翔(35)、綾瀬はるか(32)、井上真央(30)。20代と10代は1人もいなかった。
主演俳優と視聴ターゲットは、合わせ鏡の関係。視聴者は主演俳優の年齢層が近いほど共感しやすく、応援したくなるものだけに、今秋は明らかな30~60代の中高年層狙いと言える。視聴率を獲得するためにリアルタイム視聴者の多い中高年層を狙いたくなる気持ちは分かるが、ここまで偏ってしまうと、10代・20代の見るドラマは深夜のみ(しかもごく一部)となってしまう。
しかし、「20代の主演俳優がドラマ業界を引っ張ってきた時期は終わった」とは言えない。ちょうど1年前、当時28歳の新垣結衣が主演の『逃げ恥』は大ヒットしていた。それも、「視聴率が獲れない」と敬遠されがちだったラブストーリーで若年層をクギづけにしたのだ。
TBSを問わずドラマ業界全体が『逃げ恥』の成功で、若年層にドラマを浸透させるチャンスを得たのだが、一年過ぎた結果は、まさかの高齢化。「今秋はたまたまこうなった」と思いたいところだが、今年全体で見ても20代の主演俳優は2割程度しかいなかった。
せっかく得た成功の波に乗らず、若年層から背を向ける現実に、業界を取り巻くどんよりとしたムードを感じてしまう。
これらの傾向を踏まえた今クールのおすすめは、『先に生まれただけの僕』と『明日の約束』の2本。どちらも高校を舞台にした社会派の作品だが、福田靖らしい脚本でエンタメ要素を兼ね備えた前者、関西テレビ制作らしく母子と学校の問題をストイックに追いかける後者、それぞれ見応えがある。「今や学園ドラマは、夏休みに見る子ども向けではなく、秋に見る大人向けのものになった」と言えるだろう。
その他のおすすめは、木村多江の魅力を引き出し、週刊誌の現場やえん罪のディテールを追求した『ブラックリベンジ』、岡田惠和脚本ならではの魅力あるキャラクターをそろえた『ユニバーサル広告社』(テレビ東京系)、ストーリーこそ読めるが世間の人々に勇気と感動を与える『陸王』、浅野忠信と神木隆之介のバティがひたすら素晴らしい『刑事ゆがみ』も挙げておきたい。
「視聴率や先入観だけで判断して見ない」というのはもったいないだけに、TVerや各局のオンデマンドなどで、チェックしてみてはいかがだろうか。
おすすめ5作
No.1 先に生まれただけの僕(日本テレビ系 土曜22時)
No.2 明日の約束(フジテレビ系 火曜21時)
No.3 ブラックリベンジ(日本テレビ系 木曜23時59分)
No.4 ユニバーサル広告社(テレビ東京系 金曜20時)
No.5 陸王(TBS系 日曜21時)
■著者プロフィール
木村隆志
コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者、タレントインタビュアー。雑誌やウェブに月20~25本のコラムを提供するほか、『新・週刊フジテレビ批評』『TBSレビュー』などの批評番組にも出演。取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。1日のテレビ視聴は20時間(同時視聴含む)を超え、ドラマも毎クール全作品を視聴。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技 84』など。