来年2月から4月にかけて、日米中央銀行のトップがそれぞれ任期満了を迎える。彼らが再任されるのか、それとも新たに後任が選ばれるか、早くも市場では様々な観測が飛び交っている。
米FRB(連邦準備制度理事会)のイエレン議長の任期は来年2月3日まで。すでにトランプ大統領は後任候補を絞り込んでおり、11月3日にアジア歴訪に出発する前に発表するとしている。もしかしたら、本稿の掲載時点で後任が明らかになっているかもしれない。
市場は、イエレン議長が主導してきた金融政策の正常化(簡単に言えば、利上げと中銀保有債券の削減)のペースが速まるのか、遅れるのかを、とくに気にしている。新しい議長が正常化に積極的な、いわゆる「タカ派」か、あるいは消極的な「ハト派」か、という点だ。有力視されている後任候補には、相当な「タカ派」、あるいは「ハト派」と目される人物も含まれているので、結果次第では市場が大きく反応するかもしれない。
もっとも、新しい議長が就任前の主義主張を貫こうとするとは限らない。外野からと、組織に帰属してからでは見える景色も違うだろう。中央銀行のトップとしての自覚がどういう変化をもたらすかは、本人にも予測できないかもしれない。
FRBが金融政策を決定するFOMC(連邦公開市場委員会)には、議長を含めた7人の理事と、全12地区連銀(FRBの下部組織)の総裁が参加する。そして、理事全員と5人の地区連銀総裁の投票によって、金融政策が決定される。議長がFOMCでの議論を主導し、強い影響力を持つとはいえ、投票権は1票に過ぎない。
現在空席になっている3人の理事は今後、トランプ大統領が順次指名するだろう。また、ウォール街を管轄するニューヨーク連銀の総裁を除き、4人の総裁が持つ投票権はローテーションにより毎年移動する。したがって、来年の金融政策は、新しい議長の意向だけでなく、FOMC内のパワーバランスの変化によっても影響を受けそうだ。
ところで、イエレン議長が続投するケースを除き、新しい議長の手腕は未知数だ。新しい議長は、金融危機などの非常事態に上手く対応して初めて市場から信任を得ることができるのだろう。
87年8月に就任したグリーンスパン議長は、それ以前に大統領経済諮問委員長などを務めたことはあったものの、市場ではあまり知られていなかった。前任のボルカー議長が、政治圧力に抗して、景気後退をもたらしつつも高インフレを退治した「インフレ・ファイター」としてカリスマ性をみせていたのに対して、「グリーン(緑の)スパン(翼)」、つまり「青二才」と揶揄されることすらあった。しかし、グリーンスパン議長は、87年10月の株暴落、「ブラック・マンデー」を積極的な流動性供給(=金融緩和)で乗り切ったあたりから、徐々に評価を高めていった。それでも、グリーンスパン氏が18年以上も議長職に留まり、「マエストロ(巨匠)」と呼ばれるようになるとは、当初は誰も想像できなかっただろう。
そのグリーンスパン議長にしても、退任後にリーマン・ショックが起こると「住宅バブル」を放置したと批判されるようになった。後任のバーナンキ議長は、FRB理事時代に日本のデフレに対して、(ヘリコプターからお金をばら撒くほど)極端な金融緩和を行うべきだと意見を述べて、「ヘリコプター・ベン」のあだ名をつけられた。もっとも、リーマン・ショック後にバーナンキ議長の下でFRBが実施した量的緩和は、結果からみれば「やり過ぎ」とは言えないだろう。
そして、バーナンキ議長の後を受けたイエレン議長は、FRB理事やサンフランシスコ連銀総裁の時代も含めて、かなりの「ハト派」とみられていた。実際にイエレン議長のFRBは辛抱強く金融緩和を続けてきた。しかし、ここへきて、金融政策の正常化に道筋をつけた上で、後進にバトンを渡すことになりそうだ。
ことほど左様に、議長の評価は後からついてくるということだろう。
さて日本でも、黒田日銀総裁が来年4月8日に任期満了を迎える。黒田総裁は、就任直後の2013年4月に量的緩和第1弾、いわゆる「バズーカ」を撃ち、その後もマイナス金利の導入を含めて、あの手この手で金融緩和を強化してきた。そして、日本経済はデフレこそ脱却したかにみえるものの、日銀の目標である物価2%からは程遠い状況が続いている。さすがに賞味期限切れの感が否めない。
先の衆院選挙で与党が大勝したこともあって、アベノミクスの名の下での積極的な金融緩和は続けられそうだ。黒田総裁が続投する目もあるし、交代するにしてもすぐの路線変更は考えにくい。主要国の金融政策が正常化へ向けて進みつつあるなかで、新しい総裁の下でも日銀は金融緩和の一人旅を続けるのか、続けられるのか、それともどこかで正常化へと舵を切ることになるのか。新しいFRB議長よりも、新しい日銀総裁に課される宿題の方が大きいかもしれない。
執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)
マネースクウェア・ジャパン 市場調査部 チーフエコノミスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。2012年9月、マネースクウェア・ジャパン(M2J)入社。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査部レポート」、「市場調査部エクスプレス」、「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。
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