※2010/11/10掲載記事の再掲です

チームを率いるポジションになったときまずは何をすればよいのだろうか? リーダーの仕事はこれまでとはまったく次元の違うもの。そのために不可欠なスキルとそれを鍛えるためのメソッドを聞く。

●チームを率いるために発信した“10箇条”

入社当時は、上司から「君の将来が心配だ」と言われる劣等生であったにも関わらず、気がつけば、同期の中でも断トツの出世頭となっていた。

代表取締役にまで昇り詰めたキャリアの中で培った仕事論、人生論は複数の書籍にまとめられているが、佐々木氏は自身の躍進の秘訣を「素直さ」だと述懐する。

「私の唯一良かった点は、常に学習する姿勢を持っていたことでしょう。20代のころはミスというミスをほとんどやり尽くし、上司からも怒られてばかりでした。それでも腐らず、素直に反省し、計画的に実践と修正を繰り返すことだけは怠りませんでした。資質というのは人それぞれですが、良い習慣をきちんと実行することで才能は超えられると私は思っているんです」

良い習慣は才能を超える。これは佐々木氏が頻繁に用いるフレーズの一つだ。そしてそれは、チームを率いるようになって以降の佐々木氏自身が、金科玉条として部下に伝えてきたメッセージでもある。

キャリアの中で独自に作り上げ、成長の拠り所としてきた“仕事の進め方10箇条”を、佐々木氏は課長就任時に部下に向けて発信している。

内容はどれも基礎的なことだ。

“計画主義と重点主義。効率主義。フォローアップの徹底。結果主義。シンプル主義。整理整頓主義。常に上位者の視点と視野。自己主張の明確化。自己研鑽”。

そして―。

「自分で気づいたことを挙げていったらあっという間に9つになった。どうせならキリよく10箇条にしようと考えた結果、“自己中心的であれ!”という一文を加えたんです。最終的にはどれも自分のため、という視点を大事にすべきだと。この10箇条、一つ一つは簡単ですが、それでも計画もなく走り続けた人と比べれば、数年後、数十年後に大きな差となって表われるはず。基礎こそ本来、何よりも重要なんですよ」

この10箇条は自己研鑚だけでなく、そのまま人材育成に活用されている点は興味深い。取り組む仕事には計画を持って臨み、なおかつ重要度を評価すること。目的に向け、もっとも効率的な方法を採ること。自身が遂行した仕事を客観的に評価し、向上に繋げること……etc。

「私のようにもともとたいした才能を持っていなくても、これらを習慣づけることで、時に叱られながらでも着々と階段を昇るように伸びていける。リーダーというのは、その延長線上にあるものだと思うんですよ」

今日までの長い出世レースの中で、明らかに自分よりも才気にあふれた人材はごまんと存在した。成長を分けたのは、習慣の有無だと断言する。だからこそ、確かなスキルを育みながらキャリアの階段を昇っていくための準備が、20代には必要なのだ。

「私はよく、“成長角度”という言葉を使って説明するのですが、この角度を決めるのが日頃の習慣です。キャリアを育むうちに課長になり、部長になり、役員にまで到達できるかどうかは、この角度次第。そして、成長角度の高い人が成長角度の低い人に抜かれることは、絶対にありません」

これまでのキャリアの中で、睡眠時間すら満足に確保できない怒涛の日々に、頭を悩ませながら、佐々木氏は「このままではダメになる」と危機感を強め、目の前に山積する仕事を成長の糧とする方法を模索した。

図らずも、それが戦略的思考の礎となり、くだんの10箇条を完成させた。現在の佐々木氏の姿は、そうした向上心の結晶と言えるだろう。自身を向上させるチャンスは、ビジネスシーンに満溢れている。

佐々木氏は言う。ビジネスとは“予測のゲーム”である、と。

「仕事には、予測と修正を経験するチャンスがたくさんあるんです。たとえば売上予測。今月、あるいは今期の売上を、自分なりに分析して予想し、書き留めてみてください。やがて実際に数字が出てみると、おそらくぴたりと一致することはまずないでしょう。大切なのは、そこで“その差を生じさせた要因は何か?”を考えること。それを徹底的に洗い出す過程が重要な経験となり、鍛錬になります」

これは財務や経営に関することだけに限らず、若き日の佐々木氏が実践していた自身を鍛えるための習慣の一つだ。

●人を率いる上で不可欠な二つのこと

佐々木氏がリーダーとして人を率いる上で求める条件が「人間力」と「実行力」の二つだ。

「人が“この人について行きたい!”と思うには、それ相応の人格や正しい倫理観が必要です。しかしそれだけではダメ。現状を認識し行動し、判断を下し行動の結果を得る。仕事を成功に導く実行力も必要です」

リーダー像とはどのようなものか。それは理想論だけで語れるものではない、と説明する。

「憧れのリーダー像と言えば坂本竜馬など歴史上の偉人の名がよく挙がりますが、それらは所詮、ロマンに過ぎないですよね。カリスマ性や人間力が重要な要素であることは間違いありませんが、実際に企業の中でリーダーとして君臨するためには、やっぱりスキルが欠かせません。どれほど人望が厚くても、営業成績が不調であれば出世は不可能ですから」

これは経営者視点からの貴重な進言とも言える。どれだけ大きな夢を語ることができても、実際に手を動かさない者に人はついてこない。企業には、純粋にスキルと結果を残せる人材を評価せざるをえない実情がある。

佐々木氏はリーダーの仕事とは「チームを一つの方向に向かって行動させ、結果を出すこと」と述べる。ではチームを効率的に機能させるにはどうすればよいのか。

そこで重要なのは「コミュニケーションと信頼関係」だ。

「“コミュニケーション”とは言葉できちんと話をすること。自分の意見、相手の考え方を聞いた上でやるべき仕事の背景を理解してもらい、状況を逐一チェックし共有化することです。もう一つの“信頼関係”とは言葉のとおりメンバーと良好な関係性を築くこと。プライベートから仕事の悩みまで……。私がメンバーといっしょにいた期間は、家族より彼らのことを知っていた自信がありますね。この関係が保てていれば、業務上報告しづらい悪いニュースでもすぐに話してくれるはずです」

リーダーとは、チームの力を最大限に発揮させることができる人を指すということなのだ。

筆者プロフィール:佐々木常夫(ささき・つねお)
1944年、秋田県生まれ。東京大学卒業後、東レ入社。障害を持った長男を授かり、さらに夫人が肝臓病闘病中に欝病を患うなど、育児・家事・介護と仕事を両立させながら、01年には同期で初めて取締役に就任。03年、東レ経営研究所・代表取締役に就任。現在は特別顧問。