東京・八王子のご当地グルメ「八王子ラーメン」「八王子ナポリタン」をご存知だろうか。市内の小学校ではどちらも給食のメニューに取り入れられており、地域でも定着している。現在、八王子ラーメンを提供する店は市内で30店以上、八王子ナポリタンも20店以上。日清食品からは2013年にカップ麺の八王子ラーメンも販売されている。
両者の共通点は「きざみ玉ねぎ」だ。正直、特徴というには地味に感じる。さらに言えば、筆者は約3年八王子市に住んでいるが、玉ねぎが特産品とは聞いたことがない。だが、八王子ラーメンや八王子ナポリタンを提供する店では、必ずきざみ玉ねぎがトッピングされている。どうしてきざみ玉ねぎが八王子のご当地グルメのキーワードとなったのか。その謎を探るべく、八王子ラーメン発祥の店を訪ねてみた。
八王子ラーメン発祥の店「初富士」へ
JR中央線「西八王子」駅から約2km、住宅街の中に八王子ラーメン発祥の店「初富士」はあった。
昭和34(1959)年に先代が開業し、現在は2代目の大川政廣さん&いさ子さんご夫婦が営んでいる。先代が玉ねぎをトッピングするようになったのは、開業して3~4年後のことだったという。北海道に旅行に行き、生のきざみ玉ねぎがトッピングされたラーメンを食べたことがきっかけだそうだ。
「当時、長ねぎが高かったか何かで、代用の食材を探していたみたいですよ」(いさ子さん)。
食感と甘みが好評で、きざみ玉ねぎは店の定番に。機械ではなく手で刻むことで辛味を抑えられるという。真似をする店が次第に増え、八王子ではきざみ玉ねぎを乗せるラーメンがメジャーになっていった。
2003年には八王子市と市民団体によって「八王子ラーメン」と命名され、あれよあれよとご当地グルメとして定着する。きざみ玉ねぎ、醤油ベースのスープ、玉ねぎの辛味を緩和するラードという「八王子ラーメン」の定義も生まれ、市役所の食堂や中央道の石川SAでも食べられるようになった。だが古くからの店では、今も普通の「ラーメン」「中華そば」として提供されている。
筆者は中華そばの並(500円)を注文した。運ばれてきたのは、長ねぎの代わりに玉ねぎが乗っている以外は、極めてスタンダードなラーメンだった。
八王子在住の筆者だが、実は今回が初八王子ラーメンだ。どうしてここまで広まったのかは、一口食べて納得した。シャキシャキした玉ねぎの食感、長ネギとは違う鋭い辛味、同時に甘味も広がる。ラーメンと生の玉ねぎが、こんなに相性がいいとは想像もしなかった。しっかりしたしょうゆ味のスープとの相性もよく、飽きずに完食することができた。
このきざみ玉ねぎ入りのラーメンがご当地グルメ化し、さらにナポリタンへと進化したことについて、どう思うかを聞いてみた。
「どうして、きざみ玉ねぎがここまで……」(いさ子さん)。正直なところ、その影響力を理解しかねるとのことだった。隣にいた常連の男性に声をかけると、昔から味が変わらない、飽きないから通っているとのこと。「八王子ラーメン」発祥の店は、ご当地グルメとは関係なく時が流れていた。
●information
初富士
住所: 東京都八王子市中野上町 4-17-4
営業時間: 11時~19時
定休日: 日曜日
「八王子ナポリタン」の登場
「八王子ナポリタン」は2014年、やはり八王子市の町おこし事業の中で、ご当地グルメとして誕生した。すでに「八王子ラーメン」はご当地グルメとして名を知られていたが、新規参入が難しいなどのハードルがあった。
考案したのは、飲食店経営のマンマミーア中島さん。安くておなかが満たされ、アレンジ自在で今までにないものはということで、ナポリタンを思いついたという。「きざみ玉ねぎを使う、八王子の食材を1品以上使う、という大きな定義さえクリアすれば解釈は自由にしました」(中島さん)。
八王子ラーメンの流れをくみ、地産地消の意義も備えた八王子ナポリタン。普及団体の「八王子ナポリタンクラブ」を立ち上げた時の参加店舗数は50店にのぼり、その年にすぐ学校給食にも取り入れられた。
さて、肝心のナポリタンときざみ玉ねぎの相性はどうだろう。八王子駅からほど近い、マンマミーア中島さんが関わった八王子ナポリタン発祥の店「和バル cadocco」を訪れた。「元祖! 八王子ナポリタン」(850円)は、ねっとり懐かしい甘さのナポリタンときざみ玉ねぎが相性抜群だった。
ボリューム感があり、だんだん単調に感じてくることもあるナポリタン。最後まで飽きずに食べるには、タバスコや粉チーズではなく、きざみ玉ねぎの力が正解だった。きざみ玉ねぎ、あなどれない力を持っている。
●information
和バル cadocco
住所: 東京都八王子市中町4-10 紅洋ビル 1-A
営業時間: 17時~23時半
定休日: 月曜日
さらなる進化か原点回帰か? 「八王子ナポリタンラーメン」
具材も味も解釈自由な「八王子ナポリタン」は、創意工夫溢れる調理人に出会うことで、思いがけない方向に向かう。進化なのか、原点回帰なのか。八王子駅北口にある、呑めるラーメン屋「百馬」の店主・ポニーさんは、「八王子ナポリタンラーメン」(850円)という珍メニューを生み出した。
八王子ナポリタンを作ってみないかと声がかかった時、最初は和え麺のようなものを考えていた。でもラーメン屋ならラーメンでいこう。そこで、八王子ナポリタンラーメンを考案した。「身内には『常識ない、おかしい』と止められましたよ(笑)」とポニーさんは言う。
カウンターに座って数分後、不思議なビジュアルの一品が現れた。のりの代わりに焼きチーズ、チャーシューの代わりにベーコン、ねぎの代わりにきざみ玉ねぎ、なるとは……そのまま。ラーメンにもナポリタンにも見えない。全く味の想像がつかない。だが強烈に食欲を刺激する香りが漂ってくる。
しかし、嗅覚は裏切らなかった。じゃがいもでとろみをつけたトマトベースのスープ、パスタのような太麺、パリパリした焼きチーズ。提供する直前に炙ったベーコンの旨味に、複雑な味わいのきざみ玉ねぎ。ラーメンかナポリタンかは、もはやどうでもいい! ペッパーソースを時々加えつつ箸が止まらない。考案にダメ出しをした身内の方も、試食して「これはアリ」と納得したそうだ。
「何をもってナポリタンにするか。うちでは玉ねぎ、ピーマン,マッシュルームを炒めて入れることにしました。あと粉チーズとパセリですね」。
ケチャップは使わずトマトソースをスープに使用。市内の食材としては、八王子ラーメンではよく使われている市内の「田村製麺」の太麺を使用し、八王子お店大賞を受賞した、西八王子の「燻製工房グーテ」のベーコンをトッピングした。オリーブオイル、しょうが、にんにくと和えた粗めのきざみ玉ねぎは旨味たっぷりで、薬味の域を超えている。これだけをつまみに一杯呑めそうだ。
●information
百馬
東京都八王子市南町3-17
営業時間: 12時~15時半、17時半~24時
定休日: 火曜日
解釈自由な八王子ナポリタン、クレープやもんじゃ焼きとして提供する店も登場している。八王子のご当地グルメが今後どんな進化を見せるのか、八王子市民として見守っていきたい。
※価格は全て税込