「甘いものは別腹」という言葉は本当なのか、専門医に聞いてみた

8月のうだるようなある日の昼下がり、マイナビニュースの読者から編集部にある質問が届いた。

「デザートは本当に別腹なのか」

食べることが大好きな人ならば、必ず一度はこの「甘いものは別腹」なる趣旨のフレーズを見聞きしたことがあるはずだ。この言葉を字面のまま解釈するならば、「デザートやスイーツは別の腹(胃袋)で消化する=胃袋が2つある」ということになるのだが、そんな人間がいるという話は聞いたことがない。

満腹状態において「〆にスイーツを食べよう」という衝動に駆られた経験がない筆者は、「甘いものは別腹」を身をもって体験したことがない(最後のスイーツで満腹になるように食事量を調整しているためであり、スイーツが嫌いというわけではない)。

この言葉について深く考えてこなかった筆者は理路整然とした回答を読者に返せなかったため、その真相を探るべく消化器内科が専門の渡辺由紀子医師に話をうかがった。

――そもそもの質問で恐縮ですが、食べ物の消化の仕組みをあらためて教えてもらえますでしょうか。

口から入った食べ物は、食道・胃を通り消化され、小腸・大腸を経て便となり、肛門から排泄されていきます。この通り道の要所要所で、段階ごとに消化がされています。なお、この経路を総称して消化管と呼びます。

まず、食べ物は口に入った際、口腔内で咀嚼(そしゃく)され、唾液とよく混ざりあいます。唾液にはアミラーゼという消化酵素が含まれ、この酵素は炭水化物(でんぷん)を糖(麦芽糖)に分解します。食道を通り胃に到達した食べ物は、ここで胃液に含まれる消化酵素であるペプシンにより、タンパク質がペプトン(アミノ酸の連なり)に分解されます。

胃に引き続き、十二指腸ではすい臓から分泌される膵液中の複数の消化酵素による消化が行われます。口の中の唾液は炭水化物のみ、胃の中の胃液はタンパク質のみを消化しますが、十二指腸に分泌される膵液の中には、炭水化物・タンパク質・脂質をそれぞれ分解する消化酵素が含まれています。

アミラーゼが炭水化物(でんぷん)を糖(麦芽糖)に、マルターゼが麦芽糖をブドウ糖に分解します。そして、トリプシンがペプトンをポリペプチド(ペプトンより少ないアミノ酸の連なり)やアミノ酸に、リパーゼが脂肪を脂肪酸とグリセリンに分解します。

ここまでの段階で、吸収可能な小さな単位に分解されたそれぞれの栄養素は、小腸で吸収されます。小腸の粘膜表面は、絨毛と呼ばれる小さな突起物でぎっしりと覆われ、その莫大な表面積で栄養吸収が行われます。ちなみに腸液にも各種の消化酵素が含まれていて、食べ物の最終的な消化が可能になってもいます。

消化吸収がほぼ終わった食べ物の残骸は大腸に入り、腸内細菌による発酵と、小腸で吸収しきれなかった水分の吸収が行われます。そして大便となって、肛門から排泄されていくのです。

――ありがとうございます。それでは実際のところ、本当に満腹状態でも甘いものなら食べられるのでしょうか。

食べたいという欲求、すなわち食欲の中枢は、脳の中の「大脳辺縁系」と呼ばれる基本的な生命活動を司る機能の中枢の一部に存在します。そして食欲中枢には、食事を欲する「摂食中枢」と「もう食べ物はいらない」と指令する「満腹中枢」の2つがあります。

この両者の働きを簡単に言うと、血中の糖分が低下する(低血糖になる)と摂食中枢が刺激されて空腹を感じ、反対に血糖値が上がると満腹中枢が刺激されて食欲が抑えられます。より細かく言えば、これらの中枢は血糖値の増減以外にも、摂食亢進系ホルモンや摂食抑制系ホルモンなどによる刺激も受けます。

――咀嚼することは満腹中枢を刺激するため、少量の食事でも満腹感を得られやすいとよく聞きますね。逆に早食いはその刺激が少ないため、過剰なカロリー摂取につながりかねないですよね。

そうです。さらに人間の脳というのは「食べたい」「食べたくない」などの二元論でとらえきれるほど単純ではありません。匂い(嗅覚)、色や形状(視覚)、味付け(味覚)、食感(触覚)、あるいは過去の記憶なども複雑に絡み合ってこれらの中枢に刺激を与えています。そのため、胃腸の食物残存量による「実際の空腹・満腹状態」と「脳が感じる空腹・満腹」との間には実は乖離があるのです。

このため、実際には満腹だったとしても、摂食中枢の働きが満腹中枢のそれを上回れば、食べたいという欲求は生じます。そして、食事は先ほど説明した消化経路で部分的に一定時間の滞留はしつつも、順々に後の経路に向かって動いているわけであり、要は隙間が生まれるので、食欲が生じれば食べ物を口から消化経路に入れることは可能です。

つまり満腹状態でも、甘いものに限らず、しょっぱいものでもすっぱいものでも、肉でも野菜でも、あらゆる種類の食べ物が実は食べられるのです。ただ、食後にデザートを食べるという習慣自体、日本の食生活が西洋化してから入ってきた習慣でもあり、いまだに一種の特別感があるため、甘いものを特別視して「『別腹』でも食べられる」ということになったのではないでしょうか。甘いものを食べることで多幸感が生じるといった別の作用もありますから、満腹でも甘いものを食べる意義自体もあるのだと思います。

――嗅覚や視覚、味覚、触覚などが複雑に絡み合い摂食中枢を刺激するという話は、さまざまな料理が所狭しと並ぶビュッフェでついつい何度もおかわりしてしまうことからもイメージがわきやすいです。ところで、この「別腹システム」に男女差はあるのでしょうか。

人間の身体機能としての「別腹システム」は、先ほどお伝えしたように脳の働きと消化管の働きから可能となっているものであり、脳と消化管の働きに男女差がないのであれば、「別腹システム」も男女差はないはずです。

では、人間の身体機能に男女差はあるのでしょうか。このテーマに対する回答は難しいです。と言いますのも、古来の人間の身体機能自体の研究は、男女差にそれほどとらわれることなく、病気や健康な状態での各内臓の構造・機能について調べていました。

そして近年になってから、臓器の働きや脳の機能に関しての男女差に着目した研究もされるようになってきました。つまり、身体機能の男女差に関する医学的エビデンスは、現状ではまだ数少ないと言えます。そのため、医学的に「別腹システム」に男女差があるかどうかの断言は現段階ではできませんが、私個人の印象としてはやはりあると思います。

その理由としては、味覚の好みとして男性よりも女性のほうが甘いものが好きな比率が高いことが一番に挙げられるでしょう。そして、女性同士の付き合い方の一つとして、皆で甘いものをワイワイ食べる、あるいは一緒にじっくり味わう、という作法があることもまた理由として挙げられるのではないでしょうか。

逆に言えば、甘いものが好きな男性にも「別腹システム」は働くでしょうし、男性が甘いものを食べながら「キャーキャー」言っている光景を社会が違和感なく受け入れるようでしたら、「別腹システム」を持つ男性も増えてくるのかもしれません。

※写真と本文は関係ありません


取材協力: 渡辺由紀子(ワタナベ・ユキコ)

国家公務員として、大学病院での消化器内科専門治療、各地医務室での総合臨床外来と健診・各種検診を通した職員の健康管理に長年従事。大学院では免疫学の研究を行い医学博士号を取得。

2児の母でもあり、色々悩み考えた結果、2017年度よりフリーとなり、各種外来・健康診断など、時に北海道から南の島まで全国に出張しつつ勤務しています。今後、予防医学・早期発見・早期治療の重要さを伝えるべく、講演や新聞・雑誌などへのコラム掲載にも力を注いでいく所存です。

En女医会所属。現在内科外来・健診クリニック・老健施設などで非常勤勤務。


En女医会とは
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