焼肉とゴーグル、決して出会うはずのない両者が結びついたお店が、焼肉の聖地・鶴橋(大阪府大阪市)にある。それゆえに、「ゴーグル焼肉、行こうや」というフレーズまで爆誕しているようだ。なぜ焼肉とゴーグルが出会ってしまったのか、その現場「新楽井(あらい)」に行ってみた。
鶴橋歩きは迷子に注意
新楽井までは近鉄・JR大阪環状線「鶴橋駅」から徒歩10分。JRを利用する場合、個人的にはぜひとも、改札口がそのまま「ブックオフ ジェイアール鶴橋駅店」の入り口になっている、通称「BOOK OFF 改札口」を利用していただきたい。ただし、こちらは自動改札機のみで券売機や乗り越し精算機はなく、また、ブックオフから外に出るには階段を降りなければいけないことにご留意を。
新楽井の門は夜を待たず、15時から開く。とは言え、せっかく鶴橋駅に来たのであれば、ちょっと鶴橋散歩を楽しんでみるのもいいだろう。駅周辺には、1班から11班まで網目状にお店が連なるアーケード街・鶴橋商店街振興組合(つるしん)が広がっており、食べ歩きにもぴったりな韓国グルメのお店やキムチ、韓国食品、肉、そして、「ツッコミ待ちかな?」などと思ってしまうようなブティックもある。キムチは種類が豊富で、選べる3つで税込1,000円というような手頃なものも。
駅周辺にはつるしんの他、鶴橋本通商店街や高麗市場など、さまざまな商店街が広がっており、初めて訪れた人は迷子になること必至。さらには、約500mの通りに約120店舗が軒を連ねる日本最大級のコリアタウン・生野コリアタウン、日本書紀にも由来が記されている御幸森天神宮など、見どころも多い。ちょっと時間をもって鶴橋を訪れたい。
住宅街に馴染む焼肉専門店
いろいろとめぐりめぐってたどり着いた新楽井は、住宅街に馴染んだお店で、庶民的な雰囲気がその外観からすでに漂っていた。入り口のすぐ隣は調理場になっており、仕込みをしている様子を見ながら入店となる。
その反対隣にはゴーグル。ゴーグルは通常タイプから眼鏡にも対応したタイプ、そして子ども用まである。さらに、服をカバーする「KEMURIコート」(100円)と髪をカバーする「YAKINIKU CAP」(10円)も用意されている。しかし、「まぁ、コートとキャップは気持ちの問題かもしれませんね」と笑いながら教えてくださったのは店主の北尾徹さん。新楽井は昭和27(1952)年に創業し、初代から娘に、そのまた娘の夫である北尾さんに受け継がれたとのことで、北尾さんは三代目店主となる。
入り口で靴を脱ぎ、ゴーグル片手に渡り廊下を進んで客席へ。"客席"と言ったものの、外観から続く純和風住宅ビューにより、もはやおばあちゃん家に来たような感覚になる。客席のある部屋に行くと、まずその低いテーブルに驚く。そして座布団が並んでいるあたり、まさしくおばあちゃん家。ただ、窓の張り紙には、「お肉の煙がけむたくても ご近所のご迷惑になりますので 窓やドアを開けないで下さい」と記されていた。
煙の中で某大佐の名セリフも
とりあえず、いつでも装着できるようにゴーグルを頭に。「ビール」(大ビン/600円)も各テーブルに配り、乾杯の音頭を待つ。ちなみに、大ビンを「ダイビン」と読むのは大阪流とのこと。
スタートに並べたのは、自慢のハラミを中心にカルビやミノなどを盛り合せた「焼肉盛り合わせ」(1人前200g/1,600円)と、「アカセン」(1人前200g/1,600円)。この2品は絶対ここで食べておきたいメニューだとか。焼肉メニューは持ち帰りもOK。つけダレも付いており、5人前以上だとキムチもサービスしてくれるので、「自分だけ食べちゃって悪いな」という人はご家族にどうぞ。箸休めにぴったりな「もやしナムル」「キムチ」「キャベツ」は、それぞれ200円とお手頃価格なのがうれしいところ。
乾杯を終えて、いよいよ七輪に向かう。「ゴーグルなしでも大丈夫かな」と思いきや、たちまち香ばしい匂いと煙が立ち上る。時には火柱が立つほどに勢いよく燃えるので、なかなか目が離せない。ちょうど風下に席があったということもあり、あっという間に煙に囲まれた。「目が、目がぁ~!」などと、ジブリ映画『天空の城ラピュタ』に登場するムスカ大佐の名セリフもリアルに発言できる。
あっという間に焼きあがったハラミは柔らかく、ご飯(ライス/中200円)が進む。追い肉で頼んだ「塩タン」(1人前200g/2,300円)はさらに数秒で焼きあがり、レモンでさっぱりといただく。コリコリとした食感の「生センマイ」(1人前200g/1,100円)は、専用のタレに付けてそのままどうぞ。
焼き始めて10分も経たない内に部屋中が煙だらけ。「ゴーグル似合いますね」という褒め言葉かどうか分からない言葉にも、つい「ありがとうございます! 」と言ってしまうほどの妙なハイテンション。この一体感がたまらなく楽しいのだ。
ゴーグルのきっかけにあの歌舞伎役者も
「焼肉はエンターテインメントだったんですね! 」などと口走っていたが、仕事に戻りたい。くだんの「なぜ、焼肉とゴーグルが出会ったのか」である。店主の北尾さんにお話をうかがった。
松永: 「まず、楽しませていただきました。ありがとうございます! 新楽井のこだわりからおうかがいしてもいいいですか? 」 |
北尾さん: 「喜んでもらえて良かったです。こだわりというとタレですね。創業当時から変わらぬ味を守っています。タレに合う肉を取引先から仕入れていまして、特にハラミはぜひ食べてもらいたいです」 |
松永: 「入った瞬間、あの低いテーブルにびっくりしました。韓国式のテーブルが由来という噂を聞きましたが、実際はどうなんでしょうか?」 |
北尾さん: 「そうした話もあるようですね(笑)。でも、本当はおばあちゃん(初代)が潰れているテーブルをもらってきたのがきっかけなんですよ。今はそのテーブルを使っていませんが、七輪を置くのも便利なので、そのまま低いテーブルを受け継いでいます」 |
松永: 「なるほど(笑)。でも、それも個性があっていいなと思いました。鶴橋を歩いていて、日本人のほか、外国人の観光客も多いように思われましたが、新楽井にはどのようなお客さんがいらっしゃるのでしょうか? 」 |
北尾さん: 「観光客の方もいらっしゃいますが、地元の方が多いですね。特に、大阪に会社がある方がお客さまを連れてきてくださることも多いですよ」 |
松永: 「一番気になっていたのはゴーグルなんですが、なぜゴーグルを置くようになったのでしょうか? 」 |
北尾さん: 「10年前ですかね。私の代で始めたんですが、お客さまが『けむたいから』と持参されたのがきっかけでした。そのお客さまの中に先代の勘九郎さんもいらっしゃいまして。歌舞伎関係者の方もよくいらしてくださるんですよ」 |
松永: 「そんな由来があったんですね!」 |
北尾さん: 「1,2カ所で焼くぶんには特に問題はないんですよ。4,5カ所でいっぺんに焼くとけむたくなるというもので。でも、ゴーグルをきっかけにしてメディアでも紹介にしてもらえたり、『ゴーグル焼肉行こうや』などと言ってもらえるようになったのは良かったなと思っています」 |
松永: 「今後、何か新しくやりたいなと考えていることはありますか?」 |
北尾さん: 「正直、ゴーグルを止めたいんですよ。使う度に洗わないといけないので結構大変なんです(笑)」 |
松永: 「で、でも、ぜひゴーグルはこれからもよろしくお願いします! 」 |
ゴーグルは客が持参、低いテーブルは潰れたものをもらったからと、それぞれ想定外の理由があったようだが、そうしたエンターテインメント的な楽しさを求めて訪れる客はもちろん、新楽井の味に惚れ込んで通う常連客も多いようだ。ゴーグルは無料レンタルしているが、マイゴーグルを持参するのもよし。焼肉の聖地・鶴橋で特別な時間を味わってみたいなら、一度は新楽井を訪れていただきたい。
●information
焼き肉専門店 新楽井
住所: 大阪府大阪市生野区鶴橋5-17-28
アクセス: 近鉄・JR大阪環状線「鶴橋駅」から徒歩10分
営業時間: 15:00~22:00
定休日: 月曜日
※税記載のない価格は税別