今年6月1日、西武鉄道は安比奈線の鉄道事業を廃止したとニュースリリースで告知した。ただ、鉄道ファン以外の人たちにとって、「安比奈線? そんなのあったっけ?」と思う人がほとんどだろう。西武線の路線図を見ても、もちろん描かれていない。
この路線は、もともと貨物専用の路線だった。1925(大正14)年に開業した安比奈線は、入間川の砂利を輸送するための路線として使用されてきた。ところが、川砂利の採取規制が厳しくなり、1963(昭和38)年に貨物列車の運行が休止となった。
それから時が経ち、バブルに沸いた1980年代、西武新宿線の乗客は増加し続けていった。1987年には、西武新宿駅と上石神井駅の間を複々線とする計画が発表され、それにともない車両数が増加することを考え、安比奈駅に新しく車両基地をつくる構想が持ち上がった。この路線を旅客線にして、宅地開発をしていこうという案も出ていた。こうした中で、安比奈線の復活への期待感が高まっていった。
だが、バブルは崩壊。南入曽車両基地の増強で、新しい車両基地の必要性もなくなった。2016年、西武鉄道は安比奈車両基地の整備計画廃止を発表。そして今年5月31日をもって、安比奈線自体も正式に廃止となった。
休止から約54年。廃止から約3カ月。安比奈線の現状は、どうなっているだろうか。
西武新宿線南大塚駅、本線から切り離された線路が残る
安比奈線の起点であった西武新宿線南大塚駅で降りると、隣にどう見ても現在列車が走っていないような線路跡が見える。これが安比奈線だ。南大塚駅下りホームの南側まで歩いていくと、本線から線路がすでに切り離されており、行き来することはできない。線路跡は残っているものの、錆びていて草も生えている。ホームから見える0キロポストは、ここが鉄道路線だったことを強く主張しているようだった。
南大塚駅の改札を出て、線路沿いを歩こうとする。線路には車止めが施されており、どうやっても列車は動かせないようにという意志を感じる。線路跡には大量のコンクリート枕木が置かれ、資材置き場となっているかのようだ。
駅から歩くと、やがて安比奈線の線路跡は西武新宿線から離れていく。すぐに踏切が現れる。踏切にレールは残っているものの、線路は封鎖され、当然ながら中に入ることはできない。線路自体も切断されている。
線路跡に沿った道を歩いていると、新しい鉄柵の設置された場所が現れ、続いて国道16号線と交差する。歩道は線路跡が埋め込まれたままになっているが、自動車が走る車道の線路跡ははがされている。なお、ここでは安比奈線の線路跡をそのまま横断することはできない。少し離れた歩道橋を歩いて国道16号線を超え、再び線路跡へ行く必要がある。
ここから先は、線路跡に沿った道というものがない。線路になるべく近い道を歩き、踏切に近づけそうだったら、そこを見る。そうやって安比奈線の面影をたどるしかない。
線路跡は住宅地から田畑の中へ - 自然にかえりつつある場所も
安比奈線の線路跡が国道16号線を超えると、周辺は純然たる郊外住宅地になり、やがて農地が広がるようになっていく。線路跡近くの道を歩き、踏切が近そうになところで線路に近づき、写真も撮る。「立入禁止」の立て札が立っているものの、人が入っているような雰囲気を感じさせる場所もあった。
新河岸川を渡る橋梁の跡地周辺に広い田んぼがあり、ちょうど稲刈りが行われていた。踏切跡から橋梁を撮り、さらに歩いて線路跡に近いところでまた橋梁を撮る。2本の橋梁が連続して並んでおり、比較的大きな設備だったことがわかる。
ただ、このあたりまで来ると足が疲れてくる。地図を見ると、終点まではまださらに歩くようだ。筆者は近くにあったクリニックのところで、タクシーを呼ぶことにした。
少ししてタクシーに乗り込むと、運転手に事情を説明した。地図を示し、安比奈線の線路跡を歩いていること、終点まで歩くのは困難であること、最低でも終点ともう1か所には行ってほしいことを伝えた。すべて見終わったら南大塚駅まで戻ってほしいとも。運転手は事情を察してくれたのか、いくつもの踏切跡を回ってくれた。川越山城霊園周辺の踏切跡など、人の足だけでは行けないところまで見ることができた。
このあたりになると、線路跡が自然にかえりつつある場所も少なくない。そのことを最も強く意識したのが、八瀬大橋南の信号の近くにあるガーター橋であった。このガーター橋は、NHK朝ドラ『つばさ』のロケ地としても使われたが、現在は立入禁止になっている。草木が封鎖する柵に絡み合い、人が入っていくことは困難だ。いったんは整備したものだという。しかし、その整備の甲斐もなくなってしまった。
最後に、タクシーで安比奈駅跡地周辺へ向かう。跡地周辺に入る前に、砂利や砕石の巨大な集積場があり、往時の貨物駅としての安比奈駅の繁栄を思い浮かべさせられる。
水道橋が目に入ると、道に線路が埋まっている箇所が現れる。地上に線路が残っているだけのような、そんな場所だった。車を降りて線路沿いを歩くと、木が線路を持ち上げ、草むらの中に線路が入っていくなど、自然と一体化していた。
およそ54年。運行が休止されてからの時間は、1人の赤ちゃんが早ければおじいちゃんになるまでの時間になっている。時間が、安比奈線の状態を変えてしまった。
安比奈線跡地の今後の活用法は…
帰りのタクシーの中で、運転手が筆者にこう言った。「川越市が買うという話も出ていますよ」と。西武鉄道のニュースリリースでも、安比奈線用地に関して「川越市及び関係機関と、今後の活用を協議してまいります」とあった。立地としては便利な場所であり、線路跡が道路になったら交通の役には立つだろうという印象もある。遊歩道でもいい。
川越市が買うとすれば、市の財産とする以上、廃線跡として放置しておくわけにはいかないだろう。鉄道ファンとしては、寂れたままの廃線跡が残っているというのも趣を感じさせていいのだが、一方でアクセスの悪さも考えられる。道路や遊歩道にして、公共の利益のために役立てるというのも可能性としてはあるだろう。その上で、象徴的な橋梁などをモニュメントとして残すというのもありなのではないだろうか。