司馬遼太郎が、各巻500ページくらいの分厚い文庫本上・中・下巻にわたって描いた壮大な歴史小説『関ヶ原』を、『日本のいちばん長い日』『駆け込み女と駆出し男』などの原田眞人監督が映画化。姫路、京都、滋賀、静岡などのロケ、たくさんのエキストラを使った戦闘シーン、当時を再現する美術や衣裳など、けっこうな予算を使っていそうな、スケール感のハンパない2時間29分の大作。

戦国時代、織田信長亡き後、隆盛を極めた豊臣秀吉(滝藤賢一)も亡くなり、徳川家康(役所広司)の勢力が強くなる中、秀吉に重用されてきた石田三成(岡田准一)は、毛利輝元(山崎清介)を総大将にして、家康軍と闘うことに。世にいう"天下分け目の関ヶ原"の戦いだ。

『関ヶ原』

三成のいる西軍約8万、家康率いる東軍約10万、合わせて約18万人もの人々がぶつかり合う決戦の中、石田三成を演じる岡田准一は、最後の最後まで、どしりと構え、得意のアクションも含め、立ち居振る舞い、すべてが戦国武将然としてたくましかった。

歴史ものは、書物などの記録だけが頼りのため、人物や出来事が、作品によって違ってくる。いわゆる"諸説あり"だ。石田三成に関しては、彼の才気が秀吉に気に入られて家臣となり、順調に出世していくが、頭でっかちで実戦には弱い面があったとも言われる。去年、人気だった大河ドラマ『真田丸』(三谷幸喜脚本)では、山本耕史が演じた三成が生真面目すぎて、豊臣軍のなかで孤立しがちなキャラで、そこがまた愛されていた。

岡田准一の三成は、自分を引き立ててくれた秀吉に、最後まで尽す義理堅い人間として描かれ、それが、岡田准一にぴったりハマっていた。

何かに徹底的に「准じる」男

岡田准一は、その名のとおり、何かに徹底的に「准じる」(従う、のっとる)男を演じさせたら、誰にも引けを取らない。

たとえば、テレビドラマから映画にもなって大ヒットした『SP 警視庁警備部警護課第四係』シリーズ(07年~)では、人を警護する任務についているためどんなことがあっても警護を引き受けた相手のことを、カラダを張って人を守り続ける男を演じていた。

映画がヒットしてドラマにも作られた『図書館戦争』シリーズ(13年~)では、任務に忠実で、部下に愛情はあるが厳しい図書特殊部隊堂上班班長を、ヒロインに恋される好感度を絶妙に残して演じた。

大河ドラマ『軍師官兵衛』(14年)では、三成と同じく、秀吉に重用される人物・黒田官兵衛。戦国武将と比べると軍師という地味なポジションだが、秀吉が天下をとるため裏方に徹し続けた男の誇りを演じきった。

日本の名匠・降旗康男監督と木村大作カメラマンのコンビによる『追憶』(17年)では、過去のトラウマを抱えながら刑事として生きていたところ、過去の事件に向き合わざるを得ない事件を捜査することになる男の生真面目さを好演した。とにかく、これ! という目的に向かって、寡黙に真摯にまっすぐに生きている人物に、説得力がある。「准」という名前にぴったりな仕事ぶりという時点でも、どれだけ忠実なのか。あっぱれである。

関西限定の「超ひらパー兄さん」(ひらかたパークのCM)の超真面目な感じもすばらしい。

邪念が浄化されてしまって見える

信じた道をまっすぐ、というのは、実をいえば、少し危険な部分があって、正しい道をまっすぐ突き進んでいっても、ベクトルを逆にしたら、それが悪になってしまうこともあるもの。戦さでいったら、味方にとっては正義でも、敵にとっては悪になる。そこで、人間は苦悩するわけだが、岡田准一が演じる役は、あまりにも、真面目にものごとに向かっていくので、悪になりようがないというか、すべての邪念が浄化されてしまって見える。まるで、ホットヨガをして、悪いものを全部出してしまったデトックス感あふれた、一点の濁りもない汗のようなのだ。岡田准一は、ただただ、懸命に生きた人として、その役を気高く美しいものにする。

対して、役所広司演じる家康が、太鼓腹に人間のどろどろとした欲望をたっぷり詰め込んで見えるので、よけいに、岡田三成が清らかに見えてしまう。すばらしい対比であった。

人間の美の法則(と勝手に呼びたい)に則り、『関ヶ原』で、岡田演じる三成は、世話になった秀吉への義を守る。途中、秀吉は、権力への野心に取り込まれ、倫理に反した行いをしはじめる。それを「悪」と捉えながらも、三成は最後まで、秀吉側に立つ。秀吉が危篤のとき、もっていた鞠を、亡くなってから三成が手にして、やがて、その糸で髷をきつく結ぶ場面は、静かながら、三成の強い想いが強烈に伝わってきた。

損得を生き方の選択の規準にしない三成。たとえ自分が損をしても、一度決めたことを曲げずに、全力ででき得る限りやり遂げる。なかなかできることではない。その尊さを、岡田准一は体現する。なぜ、そこまで、一途になれるのか。

でもそんなことは当たり前とばかりに、あまり饒舌に語らない岡田准一。まったく語らないわけではなく、きちっと言わなきゃいけないことは語るものの、それを大それたことのようには決して語らない印象がある。言葉ではなく、行動で見せるタイプという感じ。

そんな彼が劇場用パンフレットで、大河ドラマ『軍師官兵衛』(14年)のときから乗っている役馬バンカーについて丁寧に語っているところが素敵だった。それを読むと、バンカーはよく訓練ができていて、どんなことがあっても乗った人を絶対に落とさないのだとか。決まりごとに准じる、その馬の生真面目なプロ意識に、岡田はきっと共感したに違いない。

■著者プロフィール
木俣冬
文筆業。『みんなの朝ドラ』(講談社現代新書)が発売中。ドラマ、映画、演劇などエンタメを中心に取材、執筆。著書『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』、構成した書籍に『庵野秀明のフタリシバイ』『堤っ』『蜷川幸雄の稽古場から』などがある。最近のテーマは朝ドラと京都のエンタメ。