いま、ビジネスパーソンの間ににわかに広まっている「ビジネス茶道」をご存じだろうか。和文化の集大成ともいえる「茶の湯」の所作や心得、教養を学び、また癒しを得ることで、仕事の質の向上を目指すものだという。本稿では、ビジネス茶道の第一人者である、表千家茶道講師の水上繭子(宗恩)氏にその魅力を伺ってみよう。

プロフィール : 水上 繭子(みずかみ まゆこ)氏


大学時代に表千家茶道の師と出会い、入門。京都家元での短期講習会に参加し、茶道の奥深さに惹かれ、政府系金融機関OECF(海外経済協力基金)勤務や結婚、子育ての中で、茶の湯の稽古を継続する。その後、茶道の豊かさ、楽しさ、奥深さを伝えるべく、茶道教室を主宰。近年はコミュニケーション力や新しい発想力を養う人間力道場としての茶道を提案している。

大人が人間力と教養を鍛える道場「ビジネス茶道」

── ビジネス茶道とはどのようなものですか?

「ビジネス茶道とは、自分自身のための静かな時間を持つことで脳の疲れを癒し、教養を深めることで知性を磨き、美しく合理的な所作ともてなしの心を育むことで人間関係や人脈を深めていく、大人が人間力を鍛える道場としての茶道です」

── 実際に、どんなことを学ぶのでしょうか?

「茶の湯を通じて禅語、歴史、伝統工芸品、美意識、和歌などに触れながら、一服の茶を共にする夜の茶会、一献を共にする茶事、オフィスでの瞑想時間としての茶道研修(デリバリー茶会)など、さまざまな形で、ビジネス社会に還元できる茶道を目指しています」

水上氏は仕事を戦になぞらえ、ビジネスパーソンに戦国時代に興った茶道を提唱する

茶道が現代のビジネスにもたらす効果とは

茶道に触れることによって、ビジネスパーソンは様々な効果をビジネスにもたらすことができると水上氏は語る。同氏はビジネスパーソンを武士と重ね、戦国時代に茶の湯が発展した理由を踏まえて、ビジネスへの影響を説明する。

── 茶道がビジネスパーソンに与える影響を教えてください

「まず、デジタル機器から離れることの効果です。かつて戦国時代に茶の湯が流行した理由のひとつに、茶室には戦闘のための武器『刀』を持ち込めなかったことがあります。現代において戦闘とは『仕事』『刀』は『デジタル機器』になるでしょう」

「デジタル機器という武器を手放して『戦闘(仕事)モード』から離れ、ただ茶を点て、茶を飲むだけの時間を過ごすことで、自分を見つめることができ集中力が高まります。現代では、朝起きてすぐにスマートフォンをチェックし、食事中、眠る寸前までチェックしている方が多いので、『空白の時間』はとても貴重なのです」

茶の湯の所作は、今ここで起こっていることだけに意識を向ける効果があるそうだ

── 茶道の所作は、どのようにビジネスにつながりますか?

「茶席での所作は、ライブです。講義を聞いて知識を集めたりメモを取ることではありません。報告書も書きません。その場で、一人一人がふさわしい所作でふるまうだけです。手の動き、足の運び、背筋、目線、声など、普段意識したことのない身体の動きに意識が向きます」

「ライブであることは、まさに今ここで起こっていることだけに意識を向けるという『マインドフルネス』効果があります。茶道を初めて体験すると、知らないことばかりで緊張しても当然な状況であるにも関わらず、心拍数は逆に低くなる方が多くいらっしゃいます」

「これは、椅子ではなく床や畳に座ることによって脳が『くつろぎ』『オフタイム』を感じるからではないかと考えています。茶席には、禅語の掛物がかけられます。時代を超えて、繁栄や成長のために"いかに生きたら良いのか"を示唆してきた先人たちの言葉は、会社の繁栄、自身の成長や幸福を得たいと望む現代人の心にも、静かに深く響くことでしょう」

── なるほど。茶の湯が作り出す空間が影響するのですね

「掛物と合わせて活けられる花がもたらす、季節の効果もあります。自動車や電車で移動し、空調の効いたオフィスで仕事をする私たちは、自分たちが自然の一部であることを忘れがちです。しかし、季節の花鳥風月に意識が向かうと、外回りで汗をかくことを心地よく感じたり、仕事の帰りに花屋に寄ってみたくなります。そうした、心がリラックスする瞬間がほんの一瞬だけでも仕事時間の中に散りばめられているだけで、肩の力が抜けて呼吸が深くなり、働く環境の受け止め方が快適になるのです」

── 実際に商売に結び付くような効果はありますか?

「茶席での会話は、コミュニケーション力やチームワーク力を高めます。道具についての会話から互いの出身地の話題に発展することや、織物、塗り物、陶磁器、鋳物、和歌などの文化や技術についての見識が、自身のビジネスへのヒントになることも珍しくありません」

教養人によって支えられてきた「茶道」は日本の総合芸術

ビジネスは、現代における戦といって過言ではないだろう。戦国時代に端を発し、武士そして経済人によって支えられてきた茶道は、確かにビジネスパーソンが備えるべきスキルとの共通点も多そうだ。水上氏は最後に、茶道の歴史と立ち位置について以下のようにまとめる。

「かつて、力でその存在を示そうとしてきた武士たちは、必死で人間力や教養を深め、名実ともにリーダーとしての素養を身に着けたいと望み、茶道に触れてきました。明治維新後、茶の湯の文化を守ってきたのも、政財界の教養のある人たちでした。現代では女性の習い事のような印象の強い茶道ですが、そもそも国を支えるリーダーたちがビジネスと共に育ててきた日本の総合芸術なのです」