よみがえる原子力ロケット
NASAとともに新たなる原子力ロケットの開発に挑むのは、米海軍の原子力艦艇向けに核燃料を提供するなど、原子力技術で多くの実績をもつ米国の企業BWXテクノロジーズである。
両者からなるNTP(Nuclear Thermal Propulsion)プロジェクトを率いる、NASAのサニー・ミッチェル(Sonny Mitchell)氏は、「人類が火星に降り立ったり、さらにその先の世界へ飛行したりといったことを考えた際、原子力ロケットはそれを実現するための、唯一の技術かもしれません」と、その期待を語る。
NTPプロジェクトでは、原子炉の燃料として低濃縮ウランを考えている。従来は高濃縮ウランが用いられることが多く、新しい挑戦になる。まず2019年9月30日までに、低濃縮ウランが実際に製造でき、そして原子力ロケットに使えるかどうか、その妥当性を検証して結論を出すとしている。それがうまくいけば、続いて約1年をかけて、燃料の製造における試験や改良を行うという。
また、NASAのマーシャル宇宙飛行センターにある「NTREES」という施設で、実際にエンジンを噴射する試験も行うとしている。このNTREESというのはNuclear Thermal Rocket Element Environmental Simulatorの略で、熱核ロケットの"シミュレーション"ができる施設である。あくまでシミュレーションなので、実際に核燃料は使わず、実物大の燃料棒の模型と、そして誘導加熱で動く強力なヒーターを使って、熱核エンジンの炉とほぼ同じ環境を作り出せるようになっている。
実際の熱核ロケットでは、炉心に当たった推進剤は放射線で汚染されるので、噴射試験をするとその処理が難しく、また危険性も高い。しかし電気ヒーターを使えば低リスクかつ低コストで、基礎的な技術は試験することができる。
しかし逆にいえば、実際の熱核ロケットではないということでもある。つまり今回の開発は、原子力ロケットそのものの開発や完成を目指すのではなく、低濃縮ウラン燃料や、それを使った燃料棒などが実際に造れるか、そしてその燃料棒が出す熱で、実際にエンジンを噴射できるかどうかといった、基礎的な技術の開発にとどまる。
ただ、もし実現が可能だと評価され、そしてNASAの火星を目指す歩みに変わりがなく、なにより予算がつけば、実機のエンジンや、あるいは規模の小さな試験用エンジンの開発が行われることになろう。それは早くとも2020年代、あるいは2030年代のことになるかもしれない。
実際にエンジンの噴射試験まで行った1960年代ごろからするとやや後退している感は否めないが、しかし大きな一歩ではある。
原子力は人類の宇宙進出に必要不可欠
はたして今回の計画がうまくいくかどうかはわからないが、この先、人類が宇宙進出するにあたって、原子力ロケットの技術は、必要不可欠なものになるのは間違いない。
前述のように、原子力ロケットは既存のロケットエンジンと比べて、2倍以上という高い燃費をもっており、これをいかすことで有人宇宙探査の実現可能性と、その範囲を大きく広げることができる。
たとえば現在の技術では、地球から火星まで行くのに半年かかるが、4か月にまで短縮することができると考えられている。航行期間が短くなれば、宇宙船に乗っている宇宙飛行士が浴びる、宇宙からの放射線の量を減らすことができる(ちなみにエンジンからの放射線は遮蔽板などでカットでき、宇宙放射線による被曝に比べると微々たるものになる)。
さらに燃費がよいということは、それだけ宇宙船を軽く造ったり、あるいはより多くの物資や機材、実験装置などのペイロードを積んだりすることができるようになる。
また、原子力ロケットだけでなく、発電用の宇宙用原子炉の技術も、宇宙進出には必要になろう。とくに太陽光がさらに弱くなる木星以遠に大型の探査機を送る際の電力源や、また月や火星などの比較的近い天体でも、電気推進エンジンを動かす電力源としても使うことができる。
さらに、火星への移住を考えたときには、原子力発電所の建設も考えねばならないだろう。たとえば火星で人類が暮らすには、酸素の生成や二酸化炭素の除去、水や推進剤の生成といった、人が生きる上で必要な何もかもに電力が必要になる。だが、火星の地表に届く太陽光は、地球に比べれば弱いため、地球のメガソーラーよりも巨大な太陽光発電施設を造らなければならない。
しかし原子炉があれば、そうした問題を手軽に解決することができる。実際に火星移民構想の実現を掲げるスペースXも原子炉に興味を示しており、1MW級の原子炉を火星に持ち込む考えがあることを明らかにしている。スペースXはまた、原子力ロケットにも興味を示しており、今後開発にかかわることがあるかもしれない。
日本でも研究が進んでいた宇宙用原子炉
ところで現在、日本は宇宙用原子炉はもちろん、RTGも保有していない。そのため、現在検討されている木星圏の探査では、巨大な膜状の太陽電池を広げるソーラー電力セイルを使うことが計画されている。
ソーラー電力セイルは、木星あたりまでの飛行であれば、質量あたりの発電量がRTGより大きくなるため、探査機を小さく軽く造ることができる。しかし、土星圏より遠くの探査や、あるいは月や火星といった近場でも、大電力を必要とする大型のミッションを行おうとすれば、いずれは原子炉やRTGが必要になってくるだろう。とくに、日本が得意とする技術のひとつであるイオン・エンジンを、今後もいかそうとするのであればなおさらである。
実は日本でも、宇宙用原子炉やRTGの研究は行われていた。1990年代には核燃料サイクル開発機構(現・日本原子力研究開発機構)が検討を行い、さらに2001年に日本原子力研究所(現・日本原子力研究開発機構)は、「RAPID-L」と名づけられた超小型リチウム冷却高速炉の研究を行い、開発可能との見通しを得たと発表している。
RAPID-Lは完全自動運転ができることが特長で、地球上の遠隔地はもちろん、空気や水がなく原子力技術者の支援も受けにくい極限環境である月面基地の動力源としての利用も可能であるとされた。2005年にはNASAが視察に訪れ、有人月探査計画への活用の可能性を探っている。
その後の進展はないものの、今後、有人月・火星探査を行おうとすれば国際共同になることはまず間違いなく、その中で原子力のエネルギー源として利用することになれば、日本が技術的、あるいは平和利用のためのご意見番や歯止め役といった形でかかわることができるかもしれない。
原子力の宇宙利用には、技術的なことのみならず、さまざまな面で困難が待ち受けていることは言うまでもない。しかし、それを克服しない限り、人類の宇宙進出が大きく進むことはないだろう。また、その中でつちかわれた技術は、核廃棄物の処理やエネルギー問題といった、地球の原子力をとりまくさまざまな問題を解決する鍵にもなるだろう。
もちろんそれを可能にし、そして実現させるためには、原子力を"平和目的のみに利用する"ということが大前提である。
私たち人類が、原子力というプロメテウスの火を、正しく安全に使いこなし、ただただ平和のため、未来のために使われることを、そしてそれだけの能力が人類にあることを、心から願いたい。
参考
・NASA Contracts with BWXT Nuclear Energy to Advance Nuclear Thermal Propulsion Technology | Space Technology: Game Changing Development
・BWXT Awarded $18.8 Million Nuclear Thermal Propulsion Reactor Design Contract by NASA
・Space Nuclear Power and Propulsion - Michael G. Houts, PhD
・NASA's Marshall Center's 'NTREES' Facility Tests 'Ticket to Mars' Tech | NASA
・Tom Mueller interview/ speech, Skype call, 02 May 2017. (Starts 00.01.00) : spacex
著者プロフィール
鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。
著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。
Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info