米国の株価の好調が続いている。NYダウ(※)が8月8日まで9営業日連続で史上最高値を更新するなど(9日に11営業日ぶりに下落、10日も続落)、相場にかなり過熱感が出てきたようにもみえる。
※ ダウ工業株30種平均のこと。米国を代表する30社の株価平均。銘柄の入れ替えが頻繁に行われており、厳密には連続性がない。現在では、ソフトウェアや金融・保険などが半数程度を占めており、「工業株」とは名ばかりになりつつある。
世界的に株価が好調なのは、経済が、熱過ぎない、冷た過ぎない、適度な成長を続けている、いわゆる「ゴールディロック」と呼ばれる状態にあるからだ。熱過ぎれば、金利が上昇する(債券が下落する)ことで、株価に下落圧力が加わる。逆に、冷た過ぎれば、企業収益の見通しが悪化することで、やはり株価に下落圧力が加わる。そのどちらでもないということだ。そして、米株の場合は、今年に入ってからのドル安が追い風になっている面もありそうだ。
したがって、米株高が曲がり角を迎えるとすれば、それはゴールディロックが崩れる時かもしれない。
まず、米景気が過熱する兆しがないわけではない。7月の失業率は4.3%と、今年5月と並んで約16年ぶりの低水準となった。FRB(連邦準備制度理事会)は4%台後半を完全雇用水準とみており、今年4月以降は失業率がそれを下回っているので、労働市場の需給ひっ迫がいつ賃金インフレにつながっても不思議ではない。
現実には賃金は伸び悩んでおり、インフレ率も伸びが鈍化している。そうした状況を受けて、市場は来年末までに2回以上の利上げが実施される確率を5割未満しかみていないようだ(8月9日現在)。
もっとも、賃金など今後の状況次第で金融政策見通しは大きく変わりうるし、それが株高反転のきっかけになる可能性も否定できない。そして、利上げ観測が米ドル高につながれば、これまでの株価への追い風が向かい風に変わることにもなるだろう。
一方、米国の景気拡大局面はすでに9年目に入っている。第二次世界大戦後の11回の拡大局面の平均は58か月なので、そろそろ景気後退(リセッション)を迎えてもおかしくないとの見方もある。
ただし、寿命だからというだけで景気拡大が終焉することはない。何らかの理由が必要だ。少し前に、米国の主要経済紙が、失業率が現在と同様の水準に低下した過去のケースは碌(ろく)な結末にならなかったという趣旨の記事を掲載した。いわく、失業率が4%前後まで低下した90年代終盤は2000年のIT株バブルの破裂につながったし、同様に2000年代半ばは住宅市場のブームと崩壊をもたらしたと。
しかし、上述の2つのケースで「碌な結末」にならなかった原因は、失業率が低水準だったことではなく、それに対応して金融政策が大幅に引き締められたことだ。
IT株バブル破裂の直前には、FRBは1年間で6回計1.75%の利上げを実施し、政策金利は6.5%まで上がっていた。住宅ブーム崩壊前には、2年間に17回全てのFOMC(連邦公開市場委員会)で利上げが決定され、政策金利は利上げ前の1%から5.25%に上昇していた。いずれのケースもインフレ率は2%程度だったので、インフレ分を調整した実質での政策金利はそれぞれ4.5%、3%と大幅なプラスだった。言い換えれば、景気にブレーキをかける強い金融引き締めが行われていたことになる。
一方、現在、金融政策は非常に慎重に運営されている。インフレ率は1%台半ば、政策金利は1.0-1.25%(例外的にレンジで決められている)なので、実質政策金利は小幅マイナスだ。上述したように、金融政策見通しは大きく変わりうるが、今のところ景気をオーバーキル(金融を引き締めすぎて景気を後退させること)するリスクは小さそうだ。
もちろん、経済ファンダメンタルズの変化より先に、投資家心理が一変するケースもありうる。「〇〇ショック」の類だ。投資家が備えていないから発生するショックを事前に想定することは難しい。
ただ、敢えて挙げるとすれば、真っ先に頭に浮かぶのはワシントンのゴタゴタだろう。秋には、予算やデットシーリング(債務上限)に関連して、政府機関の一部閉鎖(シャットダウン)やデフォルト(債務不履行)が起こる可能性はゼロではない。そうでなくても、難航している税制改革やインフラ投資が白紙となれば、投資家心理を冷やしかねない。その他にも、緊張が高まる東アジア情勢の急変なども候補に挙がるかもしれない。
執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)
マネースクウェア・ジャパン 市場調査部 チーフエコノミスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。2012年9月、マネースクウェア・ジャパン(M2J)入社。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査部レポート」、「市場調査部エクスプレス」、「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。
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