今年5月に初期の肺腺(はいせん)がんを患っていることを明らかにした歌舞伎俳優・中村獅童さんがこのほど、11月に全国を巡演する松竹大歌舞伎で舞台に復帰する予定だと発表した。体調も順調に回復しているそうで、元気そうな姿を見てほっと胸をなでおろしたファンも少なくないはずだ。
一般的に「肺がん=喫煙者がなる病気」とのイメージを想起しがちだが、この肺腺がんは喫煙に関係なく罹患する。今回は、非喫煙者も注意が必要な肺腺がんについて総合内科専門医、呼吸器専門医であり、がん治療認定医でもある浜口玲央(れお)医師にうかがった。
――まず、肺がんと肺腺がんの違いについて教えていただけますでしょうか。
肺がんは「非小細胞がん」と「小細胞がん」の2つに大別できます。そして、非小細胞がんは「腺がん」「扁平上皮がん」「大細胞がん」とさらに大きく3つに分けられます。この中で肺腺がんは最も発生頻度が高く、肺がん全体のうち、男性では40%以上、女性では70%以上を占めています。肺腺がんは喫煙との関連が大きい小細胞がんや扁平上皮がんとは異なり、喫煙をしたことがない人にも多く発症するため、男性に比べて喫煙率の低い女性で特に多いタイプの肺がんと言えます。
――肺腺がんは肺がんの一種だということですね。女性に比較的多いとのことですが、罹患しやすい年代などはあるのでしょうか。
罹患率は40歳代後半から増加し、高齢になるほど増えていきますが、稀に若年で見つかることもあります。肺腺がんは他の肺がんに比べて多彩な性質を持っており、進行のスピードが速いものから遅いものまでさまざまな特徴があります。ただ近年、肺腺がんの治療は他の肺がんに比べて特に進歩しており、分子標的薬などのいろいろな薬剤が開発されています。
――肺腺がんの原因について詳しく教えてください。
まず、肺がんの原因として最も影響が大きいものは喫煙です。喫煙が発生原因と考えられる肺がんは、女性では20%程度ですが、男性では70%近いと考えられています。自分ではタバコを吸わない受動喫煙でも、肺がんの危険が高くなることがわかっています。喫煙と特に関係がある扁平上皮がんでは、喫煙により発生頻度が10倍以上になると言われています。
一方で肺腺がんの場合、喫煙との関連性は小さく、喫煙による危険度は1.5~2.5倍程度と考えられています。まったくタバコを吸ったことがない人にも発生し、喫煙している人の場合でも、喫煙量はあまり多くないことがほとんどです。
――肺腺がんの場合、肺がんに比べて喫煙の有無や喫煙量の多寡と発病リスクにあまり関係性が見られないということですね。日本人の肺腺がん患者自体はどのように推移しているのでしょうか。
日本では喫煙率は減少していますが、肺がんの発生率は減っていません。これは、喫煙との関連が少ない肺腺がんが増えていることを示しています。排気ガスや有害物質による汚染などが肺がんと関係することはわかっていますが、肺腺がんの原因として確実なものかはわかっていません。ただ、食生活の乱れや運動不足、過度の飲酒、肥満、糖尿病などの生活習慣病は、肺がんを含め、多くのがん発病のリスクを高めると言われています。
――続いて、肺腺がんの症状を教えてもらえますでしょうか。
肺がんの症状は、できた部位や大きさにより大きな違いがあります。気管支の入り口に近い太い気管支の周辺である「肺門部」にがんができると、せきや血痰、喘鳴(ぜんめい: ゼーゼーする呼吸音)の原因となり、風邪などと異なり治りにくいのが特徴です。
一方で、「肺野」と呼ばれる気管支の入り口よりも奥の肺にできた場合、がんが小さいうちはほとんど症状が出ないことも珍しくありません。また、進行した肺がんの場合、肺を包む胸膜に浸潤して胸水がたまったり、他の臓器への転移、例えば脳転移や骨転移による症状が出たりすることもあります。
――脳や骨にまで転移してしまうと治療はかなり難航しそうなイメージですが、肺腺がんの治療はどのようにして行われるのでしょうか。
まず肺がんの治療は病期、つまり進行度に応じて行われます。通常、早期のがんの場合には手術が行われ、状況に応じて手術後に抗がん剤や放射線治療が追加されます。手術が難しい進行したがんの場合には、抗がん剤治療が主体となり、状況に応じて放射線治療を組み合わせて行います。早期がんで手術が行われた場合(stage I)には5年後の生存率は80%以上となりますが、他臓器への転移がある進行がんの場合(stage IV)には、5%程度まで低下してしまうのが現状です。
肺腺がんの治療も進行度に応じて手術、放射線、抗がん剤を組み合わせて行います。ただ、肺腺がんでは通常の抗がん剤だけでなく、分子標的薬という薬剤が保険の適応となるケースも少なくありません。分子標的薬とは、がんの増殖や転移に関わっている分子を標的とした薬剤のことです。血管新生を阻害するものや、がん細胞の遺伝子変異(EGFR変異、ALK変異など)に応じてその働きを阻害するものがあります。また、免疫チェックポイント阻害薬という、免疫に関係する薬剤も開発されています。肺腺がんの治療の選択肢は増えており、その治療効果が期待されています。
――分子標的薬は効果が見込める半面、その高額な薬価が日本の医療費を高騰させているとの懸念もあります。やはり病気になる前の段階や、未病の段階で早期発見をするために日ごろから努めておく必要があるということでしょうか。
そうですね。肺腺がんの場合は肺野に発症することが多く、症状が出ないまま、健康診断や別の病気で検査を受けた際に偶然見つかることもあります。肺腺がんで症状が出る場合、進行している例も多く、早期発見には定期的な健康診断や人間ドックの受診が大切です。
※写真と本文は関係ありません
取材協力: 浜口玲央(ハマグチ・レオ)
東京大学大学院医学系研究科博士課程。総合内科専門医。呼吸器専門医。がん治療認定医。
呼吸器内科医として、肺がんを中心としたがん診療の他、気管支喘息や肺炎・気管支炎、アレルギー疾患などの呼吸器疾患の診療に従事。現在、京都大学名誉教授の和田洋巳先生に師事し、がんの炎症・代謝を考慮したがん診療を行っている。その他、東京大学大学院医学系研究科にて、がん治療に関する臨床研究を行っている。
みらいメディカルクリニック茗荷谷勤務。