いまや世界一の宇宙企業としておなじみとなった「スペースX」を率いるイーロン・マスク氏は、7月19日(米国時間)、ワシントンD.C.で開催された「国際宇宙ステーション研究・開発会議」(ISS R&D Conference)に登壇し、開発中のロケットや宇宙船に関する最新情報を明らかにした。

これまでマスク氏が、スペースXの将来、ひいては宇宙開発の未来について語るとき、まるで不可能ではないかとも思えるようなことを堂々と語り、さらに彼独特の比喩やジョークを交えつつ、つとめて明るく話すのが恒例だった。今回の会議にマスク氏が登壇することが明らかになったときも、「また何か、びっくりするような発表があるのでは」と予想する人は多かった。

しかし、その予想は裏切られ、彼の口から語られたのは、現在進めているロケットや宇宙船の開発における苦難と、そして挫折、計画の見直しだった。それはおそらく、公に向けてスペースXの未来について語るときの彼が、初めて漏らした弱音であり、同時に、現実を見据えた本音だったのかもしれない。

スペースXが開発中の超大型ロケット「ファルコン・ヘヴィ」 (C) SpaceX

同じく同社が開発中の有人宇宙船「ドラゴン2」 (C) SpaceX

ただ3機のファルコン9を合体させただけでは済まなかった「ファルコン・ヘヴィ」

マスク氏はまず、今年の夏以降に打ち上げ予定の超大型ロケット「ファルコン・ヘヴィ」(Falcon Heavy)の開発状況について語った。

ファルコン・ヘヴィは、現在運用中の「ファルコン9」(Falcon 9)ロケットの両脇に、ファルコン9の第1段をブースターとして装着して打ち上げ能力を大幅に高めたロケットで、完成すれば世界で最も大きな打ち上げ能力をもつロケットになる。同社はこのロケットを、大型の特殊な(たとえば軍事用の)衛星や、月や火星に向けた有人宇宙船の打ち上げなどに使うことを考えている。

既存のファルコン9を合体させて造るという点から、ファルコン・ヘヴィは超大型ロケットながら、コストやリスクを抑えつつ、比較的簡単に実現することができる、というのが当初の狙いだった。

打ち上げを待つファルコン・ヘヴィの想像図 (C) SpaceX

ファルコン・ヘヴィの打ち上げの想像図 (C) SpaceX

しかし実際には、そう簡単にはいかなかったという。マスク氏は「単に3機のファルコン9を合体させるだけでは済まず、はるかに複雑でした」と語る。

たとえば、ファルコン9の第1段にはもともと、9基のロケットエンジンが装備されているが、その機体が3機あるということは、エンジン数は合計27基にもなるということである。それだけのエンジンを同時に点火し、ロケットを安全に発射台から離昇させ、そして飛行させるのに必要な制御技術の開発は、大きな挑戦だったという。

また中央の機体には、両側の機体から推力と振動が伝わる。それに耐えるため、中央の機体のみ、機体構造の大幅な改良が必要になったという。つまりこの時点で「ただ3機のファルコン9を合体させるだけ」というコンセプトが、やや破綻したことになる。

さらに、ファルコン・ヘヴィほど巨大なロケットがどのように飛ぶのか、とくに飛行中に両脇の機体を分離する際の挙動などは、シミュレーションすることが困難であり、実際に飛ばしてみないとわからないところもあるという。そのため「ファルコン・ヘヴィのリスクは非常に高いです。初飛行では軌道に到達しない可能性も十分考えられます」とマスク氏は漏らし、打ち上げが失敗する可能性が大いにあることをほのめかした。

もっとも、「ぜひ、最初のファルコン・ヘヴィの打ち上げを見にきてください。きっとエキサイティングなものになりますよ」とも語り、ユーモアも忘れなかった。

現在のところ、ファルコン・ヘヴィの初打ち上げは今年の夏以降に予定されているが、最短で11月ごろになる可能性が高い。

ファルコン・ヘヴィは、ケネディ宇宙センターの第39A発射台から打ち上げられるが、現在ここはファルコン9が主に使用している。ファルコン9は本来、隣接する米空軍のケイプ・カナヴェラル空軍ステーションの第40発射台から打ち上げられていたが、昨年ファルコン9が爆発事故を起こし損傷したため使えなくなり、機能停止中の状態にある。

そのため、まず第40発射台を修復し、ファルコン9の打ち上げが再開できるようにし、そしてそれによって空いた第39A発射台をファルコン・ヘヴィ用に改修する必要がある。第40発射台の修復完了は今年8~9月に予定されており、そして第39A発射台の改修には約2か月かかるとされるため、したがってファルコン・ヘヴィの打ち上げができるようになるのは11月ごろという計算になる。

また打ち上げ前には、発射台上で27基のエンジンを同時に点火し、少しの間だけ噴射する燃焼試験も行われる。発射台でエンジンを噴射するのは、スペースXのロケットにとっては恒例行事でもあるが、同時に同社が他にもつ試験施設では27基ものエンジンを同時噴射する試験ができず、この第39A発射台での燃焼試験が初であり、唯一無二の機会でもあるという。

そのため、この燃焼試験の結果次第では、打ち上げがさらに遅れる可能性もあろう。

ファルコン・ヘヴィは、ファルコン9の両脇に、ファルコン9の第1段をブースターとして装備する。その分離は豪快なものになる (C) SpaceX

ファルコン・ヘヴィの打ち上げは、単純にファルコン9が3機同時に打ち上がるようなものになる (C) SpaceX

"21世紀の宇宙船"ではなくなった「ドラゴン2」

今回の発表で明らかにされたもうひとつの事柄は、「ドラゴン2」(Dragon 2)宇宙船の着陸方法が変わったことである。

ドラゴン2はスペースXが開発中の有人宇宙船で、2018年から国際宇宙ステーションへ宇宙飛行士の輸送することが計画されている。

ドラゴン2の最大の特長は、機体の側面に「スーパードレイコー」(SuperDraco)と呼ばれるロケットエンジンを装備しており、着陸時に逆噴射をすることで、狙った場所に正確に降りられるということにあった。これをパワード・ランディング(Powered Landing)という。ちょうど同社が「ファルコン9」ロケットの第1段機体を着陸させているのと同じ方法である。

かつて人を月に送った米国の「アポロ」宇宙船や、今も活躍するロシアの「ソユーズ」宇宙船などは、着陸にパラシュートを使っている。だが、パラシュートは風で流されるなどして、狙った場所に正確に着陸することはできないので、乗組員や機体の回収が大変で、また着地時の衝撃も大きく、機体を再使用するのも難しい。

一方、ドラゴン2は、ロケットを使って着陸することで、マスク氏いわく「ヘリコプター並みの精度で、地球上のどんな場所でも正確に着陸することができる」とし、また着地時の衝撃も小さく、乗り心地は良く、機体の損傷も避けられる。彼は「21世紀の宇宙船はこうあるべきです」とすら語っていた。

従来の宇宙船の多くは、着陸にパラシュートを使っていた(写真はロシアのソユーズ宇宙船) (C) NASA

ドラゴン2はパラシュートではなく、ロケットエンジンを噴射しながら、狙った場所に正確に、そしてゆるやかに着陸できる……はずだった (C) SpaceX

しかし、今回マスク氏は、この先進的な着陸方法をあきらめ、「ドラゴン2は他の宇宙船のようにパラシュートを使って降下し、海に着水することになる」と明らかにした。

その理由として、彼は「安全性と、NASAからの認証の問題」と語った。詳細については明らかにされなかったが、たとえば傘が開きさえすれば安全に着陸できるパラシュートと比べ、エンジンによる着陸は難易度が高く、またそのエンジンが故障する確率も、パラシュートが開かないことと比べれば大きくなる。

また、着陸のためには着陸脚が必要になるが、ドラゴン2では底面にある耐熱シールドに扉を設け、そこから脚を出し入れする仕組みを採用していた。しかし耐熱シールドは大気圏再突入時に猛烈な熱にさらされるため、そのような場所に扉という開閉する部品を組み込むことは、安全性にやや問題を抱えることになる(もっとも、スペースシャトルの底面にも、着陸脚や推進剤パイプの結合部を収容する扉があったが)。

エンジンによる着陸は、ピンポイントかつ衝撃の小さな着陸という利点を得ることはできるが、それは安全性を犠牲にしてまで得るべきものではない。そのためスペースXは、この着陸方法がパラシュートと同じくらいに安全であるようするため、エンジンや耐熱シールドの信頼性を上げるさまざまな工夫をしたり、あるいは着陸脚の展開方法を変えることも考えたかもしれない。

しかし、最終的に「乗組員の安全という観点から、この着陸方法でNASAから認証を受けるためには、さらに多くの努力が必要だった」という理由で、エンジンを使った減速と着陸を断念し、また耐熱シールドの着陸脚も装備しないことにしたという。マスク氏は「NASAから認証を受けることはとても難しいものです。かつて、無人のドラゴン補給船を開発したときにも難しいと感じましたが、有人機はそれ以上に大変です」と語った。

とくにドラゴン2は、2018年から宇宙飛行士を国際宇宙ステーションに運ぶことを、NASAから強く要求されている。スペースシャトルの引退後、NASAは宇宙飛行士の輸送をロシアのソユーズ宇宙船に依存しており、その座席の購入するために決して安くない金額を支払う羽目になっている。また、大手航空宇宙メーカーのボーイングもスペースX同様、新型の宇宙船「スターライナー」の開発を進めており、ある意味では開発競争になっている部分もある。

こうした、ロシア依存から早急に抜け出すためにも、またボーイングに遅れを取らないためにも、スペースXはドラゴン2の完成を急ぐ必要があり、そのために開発や認証により時間がかかりそうな着陸方法をあきらめざるを得なかったのだろう。

またドラゴン2は当初から、エンジンが故障した場合に備え、パラシュートも装備することになっていた。そのため、どうせ装備しているなら、最初からパラシュートを使うべき、という判断があったのかもしれない。

ちなみにドラゴン2の側面エンジンは、ロケットが飛行中にトラブルを起こした際にロケットから脱出するための、「脱出ロケット」としての役目も兼ねていた。そのため、着陸には使わないものの、エンジンそのものは残し、脱出システムの機能は保ったままにするという。

また、マスク氏は「もしかしたらいずれ、(エンジンによる着陸は)復活させることになるかもしれない。ただ、現時点でこのやり方を適用するのは正しいとは思えない」と付け加えており、将来的にエンジンによる着陸を行う可能性については含みを残した。

ドラゴン2の側面エンジンは、脱出用に残される(写真は2015年に行われた脱出システムの試験の様子) (C) SpaceX

ドラゴン2はこの写真のような感じでパラシュートで降下することになる (C) NASA