子どもの頃に「よく噛(か)んで食べなさい」と周りの大人に注意された経験は一度や二度ではないはず。「よく噛むのはいいこと」というイメージはあるものの、具体的にどんな良さがあるのか、どの程度噛めばよいのか、よくわからない人も少なくないだろう。
咀嚼(そしゃく)がもたらすメリットとは何なのか。慶應義塾大学病院で歯科・口腔外科担当の中川種昭先生に話をうかがった。
咀嚼とは、食べ物を歯で細かく粉砕して消化しやすくすることを意味する。よく噛まずに飲み込むと内臓が消化させようと働くため、負担がかかってしまい、栄養も取り込みにくくなってしまう。
「食べ物が口の中に入ると唾液が分泌されます。唾液には『唾液アミラナーゼ』という消化酵素が含まれているので、ゆっくり咀嚼することで食べ物と唾液の消化酵素が混ざり、飲み込んだときにはある程度消化されている状態になるのです。飲み込むように食べてしまうと、消化酵素の力が発揮されないまま内臓に入ってしまうので、負担が大きくなってしまいます」
内臓への負担が軽減されると、消化不良によって引き起こされる下痢や腹痛などの予防にもつながるとも考えられている。歯ぎしりや歯をぎゅっと噛みしめてしまう食いしばり行為は、消化不良からくるとも言われている。咀嚼によって消化不良が解消されると、思わぬメリットもあるというわけだ。
咀嚼筋と明るい表情の関係性
よく噛む行為は、顔の筋肉そのものを刺激すると言われている。咀嚼によって下あごの骨とその周りの筋肉「咀嚼筋」が活発に動き、表情にも影響を与えるとのこと。
「一日3食、しっかり噛む人とあまり噛まない人とでは、咀嚼筋の動く量は大きく異なります。今は細面な人が多くなっていると言われますが、その理由の一つに食事での噛む数が減っていることが考えられます」
昔は噛まないと飲み込めないような硬い食べ物が多くあり、おやつにスルメや煮干し、昆布をしゃぶって、何度も咀嚼するのが普通だった。だが、現代の食事は軟らかいものばかりで、「しっかり噛みなさい」と親から言われても、数回噛んだら飲み込める食事ばかり。
そのため、「咀嚼数が減って、あごの筋肉が発達しないのも当然かもしれません」と中川先生。咀嚼筋をよく動かせば、顔全体の筋肉も刺激を受け、血行がよくなり表情が明るくなるという間接的な効用も考えられる。