バラエティ豊かなご当地グルメ"名古屋メシ"。中でも種類が多いのが麺類。味噌煮込みうどん、きしめん、あんかけスパ、鉄板スパ、台湾ラーメン、スガキヤラーメン、名古屋流カレーうどん……。"名古屋メシ"ならぬ"名古屋メン"としてカテゴライズできるほど多士済々だ。

そんな中で、地元の人も地域限定だとは気づいていない"隠れ・名古屋メン"がある。以前紹介した「海老おろしうどん」もそのひとつだが、昭和40年代に考案された海老おろしよりもさらに歴史のある一品が「志の田(しのだ)うどん」だ。

昭和2年創業の「えびすや本店」が提供している志の田うどん

愛知特産・白醤油を使ったシンプルなうどん

油揚げ、かまぼこ、ネギといった具材がのった「志の田うどん」。何よりの特徴は、透明感のあるつゆだ。一見、関西風の薄口醤油のように見えるが、使われているのは「白醤油」(しろしょうゆ・はくじょうゆ)。愛知県碧南市発祥の醤油で、大半が愛知県内で作られている。

白醤油は、大豆ではなく小麦が主原料。みりんのような琥珀色と、上品でいて塩味のきいた味わいが特徴だ。名古屋では、きしめんで使われているたまり醤油の色の濃いつゆのイメージが強いが、実は白醤油のつゆも、うどん屋には必須。たまり醤油のつゆを「赤」、白醤油のつゆを「白」と呼んで使い分ける店が多い。

「白」は、天ぷらうどんや玉子とじなど"タネもの"と呼ばれる具が主役のメニューに使われ、志の田うどんはその代表格のひとつ。お好みで麺をきしめんやそば、それに「ころ」(冷やしたつゆをかける、これも名古屋のご当地麺)にすることもできる。

名古屋および愛知県内のうどん屋では、いたってポピュラーなメニューだが、お隣の岐阜県でも「出している店は多いはず」(岐阜市内の老舗うどん店)とのこと。しかし、西隣の三重県では「しのだ? 聞いたことがありません」(三重県観光連盟)とのお答え。やはり、東海地方の限られた地域にしか存在しないもののようだ。

うどん屋の主人らもご当地と気づいていない!?

しかし、味噌煮込みうどんのようなインパクトに欠けるせいか少々存在感が薄く、地元の人からもご当地グルメと認識されていない。さらに一般の人たちだけでなく、当のうどん屋の主人らも、ご当地限定だと気づいていないケースが多いのだ。

戦前から続く老舗「かめ壽 本店」の「志の田うどん」(750円)。白つゆの上で生える緑(ネギ)・赤(かまぼこ)・黄(油揚げ)の信号機カラーが志の田の王道。最近はふちの赤い通称"名古屋かまぼこ"を使う店が減っていて、このビジュアルは貴重

「名古屋の古くからのうどん屋には、大体あると思います。当たり前すぎて、疑問に思ったこともありませんでした」と語るのは、戦前から続く老舗「かめ壽 本店」の3代目・渡邉一弘さん。市街中心部にある場所柄、遠方からの客も訪れるため、物珍しさから注文する人も多いという。

透明感あるつゆに緑のネギとふちの赤い"名古屋かまぼこ"。そして、黄色っぽい油揚げが盛られる彩の良さは、これぞ王道・志の田! 上品なつゆは、名古屋流のカツオ+ムロアジの香りが立ち、角の立った手打ち麺ののどごしも心地良い。

「かめ壽 本店」

ところで、"志の田"というちょっと変わったネーミングの由来については、古くからのお店に聞いても、これといった回答が得られない。名古屋市内で最も歴史のあるうどん屋、明治中期創業の「一八本店」4代目・上田正隆さんもこう語る。「子どもの頃(昭和30年代)から当たり前のようにあったから、どこにでもあるものだと思っていました。呼び方も意識したことがなく、由来も聞いたことがありません」。

「一八本店」の「志乃田うどん」(680円)

同じ具をご飯にのせた「志乃田丼」(680円)も、メニューには記載がないが、リクエストすれば作ってくれる

ちなみのこの一八本店では「志乃田」と記し、油揚げとかまぼこは名古屋産を使用。さっぱりとした味わいの中にも、つゆには深みがあって、食べ応えがある。

「一八本店」は大須商店街のやや南、仏具街にある。明治20年創業で、市内にはのれん分けの店が何軒もある

"志の田"の由来は白狐の伝説にあり

続いては、昭和2年創業の「えびすや本店」へ。研究熱心で、名古屋の麺文化にも精通している3代目の中山義規さんに尋ねると、期待通り、名前の由来について解説してくれた。「子どもの頃、父から『信太(しのだ)の森』というお話が由来だと聞かされました。白狐が出てくるため、油揚げと白醤油を使ったうどんをこう呼んだのでしょう」。

「えびすや本店」の「しのだうどん」(850円)

『信太の森』とは、大阪府和泉市の「信太森葛葉稲荷(しのだもりくずのはいなり)神社」に伝わる伝説で、浄瑠璃や歌舞伎の演目にもなっている。中山さんによれば、月見うどんやおかめそばなど、麺類は"見立て"で名前をつける粋なものが多く、志の田もそのひとつといえるのではないか、とのこと。

「昔は浄瑠璃や歌舞伎が今より身近で、"しのだ"と言えばすぐに『信太の森』のことだと、みなさんピンと来たのだろうとも考えられます。また、愛知特産の白醤油を使っていることから、これも立派な名古屋メシのひとつといえるでしょう」。

「えびすや本店」は、繁華街・錦3丁目(通称「錦3(きんさん)」)にあり、深夜まで営業しているので旅行者も利用しやすい

白醤油は江戸後期(大正末期の説も)に開発された、比較的新しい種類の醤油。そんな調味料を使って、明治あるいは大正の頃のうどん屋が考案し、流行のカルチャーだった浄瑠璃・歌舞伎にあやかって、洒落っ気で別の漢字をあてた……。志の田うどんはそんな風に生まれた、文化的かつハイカラなメニューだったのかもしれない。

濃い口グルメが多い名古屋メシの中では異彩を放つ、味も見た目もあっさり系の一杯。粋にすすれば、名古屋の食文化の奥深さも感じられるのではないだろうか。

information

「かめ壽 本店」
住所: 名古屋市中区栄5-4-1
営業時間: 11時半~22時(土曜日は21時まで)
定休日: 日曜日・祝日
アクセス: 地下鉄栄駅・矢場町駅より徒歩5分

「一八本店」
住所: 名古屋市中区橘1-5-14
営業時間: 11時~15時、17時~20時(月曜日は14時半まで、夜は休み)
定休日: 火曜日(祝日の場合は営業)
アクセス: 地下鉄上前津駅より徒歩8分

「えびすや本店」
住所: 名古屋市中区錦3-20-7
営業時間: 11時~25時(土曜日・祝日は21時まで)
定休日: 日曜日
アクセス: 地下鉄栄駅より徒歩5分

※価格は税込

筆者プロフィール: 大竹敏之(おおたけとしゆき)

名古屋在住のフリーライター。雑誌、新聞、Webなど幅広い媒体で名古屋情報を発信する。名古屋メシ関連の著作を数多く出版。著書に『名古屋の喫茶店』『名古屋の居酒屋』『名古屋メン』『名古屋めし』(リベラル社)、『名古屋の商店街』(PHP研究所)、『東海の和菓子名店』(ぴあ中部支局/共著: 森崎美穂子)などがある。Webガイドサイト「オールアバウト」名古屋ガイド。愛知県や名古屋市などの協同プロジェクト、なごやめし普及促進協議会ではアドバイザーを務める。