現在放送中の関西テレビ・フジテレビ系ドラマ『CRISIS 公安機動捜査隊特捜班』『緊急取調室』、8月からスタートのWOWOW『連続ドラマW プラージュ ~訳ありばかりのシェアハウス~』と立て続けにドラマ、映画に出演する俳優・眞島秀和。独特の存在感で求められ続けている。6月17日公開の映画『心に吹く風』では、『冬のソナタ』ユン・ソクホ監督のもと、北海道の豊かな自然の中で初恋を蘇らせた。眞島は主役のリョウスケを演じ、高校時代に愛し合い23年ぶりに再会した男女が過ごす数日間が描き出された。

俳優を志した意外と知られていないきっかけや、『フラガール』『怒り』等で知られる李相日監督との出会い、そして今回の映画でのユン監督とのやりとりなど、眞島本人に話を聞いた。

■眞島秀和
1976年11月13日生まれ、山形県出身。1999年、李相日監督が手がけた『青~chong~』の主演で俳優デビュー。以後『血と骨』(04)、『フラガール』(06)、『HERO』(07)、『るろうに剣心 京都大火編/伝説の最期編』(14)、『愚行録」(17)といった数多くの映画のほか、『僕のヤバイ妻』(16)、『未解決事件~ロッキード事件』(16)など、ドラマでも活躍。公開待機作に日韓合作『蝶のように眠る』、日台合作 『おもてなし(仮)』がある。

幸せな役があまりない

――俳優を志したのは、大学生のときだそうですね。

東京の大学に入ったのは、単純に地元の大学に落ちたからなんです。そのころは、大学を卒業したら地元に帰って就職しようと思ってたんですけどね。

――ダンスをやっている友達を見て、自分も何かをやろうと思ったのがきっかけだとか……。

そうです。同じ年頃の友人たちが、ダンスや音楽をしているのが、楽しそうに見えたんでしょうね。それで自分も俳優をやってみようと。でも、よく考えたら、10代のときから、すごくテレビを見るのが好きで、ドラマの中のセリフを自分でも言ってみたりとか、そういうことはしてたんです。だから、ちょっとは興味があったのかもしれないですね。ただ、自分が俳優になるということは全く考えてなかったです。

――俳優をやろうと決めてからは、どんなことをしていたんでしょうか。

劇団の研究生をやったり、仲間と自主映画を撮ったりしていました。

――その後1999年、李相日監督の卒業制作『青~chong~』主演に抜擢されたのがデビューになりましたが、どんなきっかけで出演することになったんでしょうか。

僕は俳優の養成所に通っていたんですけど、その養成所が、李監督のいた日本映画学校(現・日本映画大学)に「うちの研究生を使ってください」と資料を持参していたらしく、それがきっかけで映画に出ることができました。でも、主演できたとはいえ、まだ当時はどうなるかわからないと思っていました。

――その後、転機はありましたか?

『青~chong~』に出られたのも転機ですし、今の事務所に入れたこともあります。作品で言うなら、NHKの『海峡』(2007年)や、WOWOWの『なぜ君は絶望と闘えたのか』(2010年)だったのかなと思います。その2作で「この先もどんどんやっていって、年を重ねたらどうなるのかな」と思ったというのはあります。ただ、役をいただいて、それをいかに演じていくかということに対しての考えは、ずっと変わらないですね。

――そして今では、毎クールドラマで眞島さんを見ないときはないくらいですが。

自分としては、そんなにたくさんという感じではないんですけどね。いろんな役をやりたいので。それがこの仕事の楽しいところだし、なんでもやってみたいというシンプルな考えなんです。

――今年ですと『CRISIS 公安機動捜査隊特捜班』や、『連続ドラマW プラージュ ~訳ありばかりのシェアハウス~』などのドラマに出られていますし、『バイプレイヤーズ~もしも6人の名脇役がシェアハウスで暮らしたら~』にも、もうひとつのバイプレイヤーズとして出演されていましたが、ご自身で演じられる役には傾向はありますか?

いろんな役があるし、それが楽しみでもあるんですが、幸せな人物の役があんまりないのかなとは思います(笑)。

――いろんなドラマで眞島さんを見て、気になっている方もたくさんいるんじゃないかと思いますけど、ご自身が今の自分をどう捉えられてますか?

結局、今になっても、この仕事を続けていくのは大変だなと実感しているし、だからこそやっていきたいなとは思っています。

――これからこうなりたいという俳優像はありますか?

仕事をしていると、先輩の役でこういうのがいいなとか、面白いなというのはたくさんあります。僕が50代、60代になったときに、そういう先輩たちの役を演じられていたらいいなと思いながらやっています。