世界中から注目されたコミー前FBI長官の議会証言が6月8日に行われた。前日に公表された証言テキストでは、トランプ大統領とコミー氏の会話が、直接引用も含めて臨場感をもって再現されており、大変興味深いものだった。
証言テキストの中で、トランプ大統領がコミー氏に対して、FBI長官という地位と引き換えに「忠誠」を求めたことや、フリン前大統領補佐官を「これ以上追究しない(let this go)」ように望むと伝えたこと、自身が捜査対象でないことを公表するよう求めたことなどが明らかにされた。
フリン氏の件について、コミー氏は大統領との会見直後のメモで、「ロシア大使との会話についてフリン氏が嘘の声明を発表したことに関連して、同氏の捜査を全て打ち切るように大統領が要請していると理解した」と述懐している。
もっとも、これまでに報道されてきたこと以外の新しい事実はほとんどなかった。また、証言はあくまでもコミー氏の記憶に基づくものであり、その内容の客観性が担保されているわけでもない。
証言テキストを受けて、トランプ大統領は、本件のために選任した顧問弁護士を通じて、「自分の正しさが裏付けられたと感じる」とのコメントを発信した。大統領の「正しさ」が何を意味するかは不明だが、仮に自身が「捜査対象でないと公言してきたこと」を意味するのであれば、あまりに近視眼的だと言わざるを得ない。
「捜査に圧力をかけなかった」との発言が「正しい」と言いたいのであれば、それは大いなる勘違いだろう。国の最高権力者が、地位と引き換えに忠誠を求め、追究しないよう望んだのであれば、直接の命令でなくても、それは聞いた側の「忖度(そんたく)」の範疇を超えて大統領が圧力をかけたことにならないか。
たしかに、今回の証言で、大統領の弾劾に値する「反逆罪、収賄罪、その他の重罪や軽罪」の証拠が出てきたわけではない。しかし、重要なポイントはそこではない。重要なのは、トランプ氏が大統領としての資質を欠いている、民主主義を理解していないということが、今一度明らかになったことだ。
大統領は、有権者から権限を与えられ(mandate=負託)、国民のために様々な課題(agenda)を処理・実現する義務を負っている。そして、民主主義のなかで、行政府と司法府(および立法府)の独立は不可欠な要素と言える。
しかし、トランプ大統領は、ビジネスマン時代と同じ意識で、「トランプ帝国」の国王であり、全てが自分の思い通りになると考えているように見受けられる。トランプ大統領が権力濫用や司法妨害で弾劾されないとしても、このままでは政権内部や議会の支持を失い早急にレイムダック化しかねない。
執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)
マネースクウェア・ジャパン 市場調査部 チーフエコノミスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。2012年9月、マネースクウェア・ジャパン(M2J)入社。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査部レポート」、「市場調査部エクスプレス」、「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。
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