Appleの開発者会議「WWDC17」が間もなくスタートする。WWDC(Worldwide Developers Conference)は、アプリの開発者や技術者に向け、例年6月に実施されている。世界中から技術者が集まるのだが、その中には、スカラシップ(奨学金制度)を利用して来場する学生や開発者も多い。
AppleがWWDCにおいて実施しているスカラシップは、世界各国の学生を対象に同イベントのチケット代金を無償で提供するというもので、昨年6月に開催された「WWDC17」では350人に、その枠が用意されていた。対象は13歳以上であるが、昨年は9歳の少女が選出されたという記憶がある(記憶違いの可能性あり)。
その、スカラシップ、今年も日本から選出されたという話を耳にしたので、早速、話を伺いに行った。今回、枠を勝ち取ったのは、関西学院高等部の三年生・佐々木雄司(ささき・ゆうじ)さんだ。
――事前に入手した情報では、佐々木さんは、募集締め切りギリギリの応募で、4時間でSwiftを習得したということだった。たったの4時間で?
佐々木 いえ、Swiftでなく、Swift Playgroundsですね。スカラシップの応募用件がSwift Playgroundsを利用して開発するということだったので。それまでSwift Playgroundsとか、ゲーム動かすためのSpriteKitとかのフレームワークを使ったことがなかったのですけれども、まああの、やってみようということで、両方そこから4時間くらいまでで作ってみました。Swift自体はベータ版出たときから使ってます。
――いや、それはそうか。4時間で書けるようになるって、どんな天才なんだよ? それとも、Swiftってそこまで簡単なの? と一瞬思ったのだが。Swiftの知識があれば、Swift Playgroundsは楽勝、ということなのだろう。応募に際しては、部活の先生からアドバイスを仰いだとも聞いているが。
佐々木 いえ、そういうわけではないです。うちのクラブは色々なコンテストなどに応募しているんですけれども、一応、そのWWDCのスカラシップがあることは去年から知ってました。以前から興味はあったのですが、その時に後押しされたという感じですね。
――実際に作ったアプリはどんなものなのか?
佐々木 「トントン相撲」というか、「紙相撲」みたいなのご存じですか? あれをiPad上で再現したアプリなのですが、今回コンセプトとして持っていたのが、Swift Playgroundsをプログラミングを初めて学ぶ人の教材にってとこなんです。Swift Playgroundsって、やっぱり教育向けで、初学者の教材になるってとこがいちばん大きなところだと思うので、そこら辺を意識して、コードの書き方などをベーシックな、基礎的な技術を使って作りまして。あと、コードの構造も、のちのちたとえばPlayground Bookとして教科書とかにする時も、代え易いコードを意識して書いていて、いずれ教科書にできればと思って作っています。
Swift Playgroundsで作った「SUMOU」アプリ |
――作りたかったのはアプリそのものというより、プログラミングの教科書になる雛形のようなものなのだろうか?
佐々木 そうですね、僕はiPhone用のアプリ色々作っているのですが、せっかくSwift Playgrounds/Playground Bookっていう話だったので、その一番の強みを生かしたいなと思い、教科書を作りたいと思いました。
――Playground Bookの強みは、どこにあるのだろう?
佐々木 部活でもプログラミング講座を開いたり、後輩にも教えたりしているのですけど、「プログラミング教えるのって難しいな」と感じます。独学だと、プログラミングの教則本を買ってやったりするのですが、それだと、そもそもどこに書いていいかわからない、というような問題点があって、それを解決するためにあるのが、たとえばScratchみたいな、ビジュアルプログラミング言語みたいなのだと思うんですけど、それだと結局コードを書いていくようなプログラミングに結びついていかないな、と前々から思っていて。そこら辺を全部解決して、教科書とコードを一体化させて、どこに書いていけばいいかという、少しずつ範囲を広げて勉強していけるというところにPlayground Bookの強みを感じました。
――……なんと言うか、ずっと先のことを考えているのだな、と。佐々木さんは、小学1年生くらいからLEGOのMINDSTORMSという、ビジュアルプログラミング言語でプログラムを書いていたとのことだ。本格的な勉強を始めたのはもう少し後の話のようだが、小学校5年生頃には、ちゃんとしたプログラムを書いていたらしい。既に人生の半分以上の付き合いになっているからこういう発想ができるのだろう。そんな佐々木さんにとって、プログラミングの面白さは何なのだろう?
佐々木 プログラミングを始めた動機と関係するのですけれども、僕、もともと工作が好きで、木を沢山買ってきて箱を作ったりとかしてたんです。でも、ひとつ作るのに材料費とかも結構かかりますし、どんなに頑張っても専門の機械とかを持っている業者とかプロには敵わない、ってところがあると思うのですけども、プログラミングは、例えばIDE(統合開発環境)とかはプロが使っているものと同じものが使えますので、可能性としては、無限というか、自分のスキルさえ上げていけば、本当に商品になるものを作れるという発展性みたいなところが一番面白いと思っています。
――プログラミングを学べば誰にでもチャンスがある、というこうとか。2020年にプログラミング教育が必修となるのを見据えながら、将来を思い描くことが必要になりつつあるが、プログラミングを学ぶことは職業の選択肢を広げるということでもあるのだ。
佐々木 プログラミング教育が必修となっている頃にはもう教育というよりは、新しい技術を作っていくような研究であったりとか、同時に、一般の人が触るようなソフトウェアとかアプリの開発をしたいと思っています。
――プログラミングの話題ばかりでもなんなので、学校生活や趣味についても訊いてみた。
佐々木 音楽を聴くのが好きです。好きな作曲家はショパンとヘンデルです。加えて、オペラやミュージカルをよく聞いています。中学の頃にグリークラブ(合唱)に所属していたので、歌うことが好きで、オペラ曲や歌曲をよく歌っています。歌手はパヴァロッティを聴くことが多いです。CDをMacに取り込んで、iTunesでiPhoneに転送して楽しんでますね。勉強するのはあんまり好きじゃなくて(笑)、学校の委員会活動に打ち込んでます。今はおもに文化祭の運営に関わってますね、クラスや部活が出店するそれぞれのとりまとめだとか、予算の管理とか。
――こう、話を伺っていて、佐々木さんから受ける印象は「普通の高校生」であるということだ。将来のヴィジョンもしっかりしてて凄い! と感心させられるところもあるが、決して、延々コード書いてて部屋から出てこないド変人みたいなことではない。これまた、事前に目を通した資料によれば、周りの友人から変わってる人と思われているようなところがあるということだったが、本当に変な人なら、筆者との対話は全く成立しないだろう。大体、本当に変わった人は、自分が変わった人間であるという自覚がおよそ無い。コミュニケーションに難儀するなんてことは全くなく(プログラマーと言うかコンピューターギークのステレオタイプなイメージではそういうところがあるが)、部活動(数理科学部)では、地域の人々向けにプログラミング講座を開いたりと、むしろ、他者との関わりに於いては積極的である。
佐々木 地域の人向けと言っても、どこから来たかはあまりわからないですが、一番下が中学生で、そこから大学生くらいまでがメイン層で、あとはおじいさんたちです。その人たちも割とプログラミングの基礎が学べたかなという、5日間コースなのですが、そういう手ごたえでした。外の人とコミュニケーションを図るということで言うと、特にコンテストとかで同世代の人が来ていますので、その人たちがプログラム何作っているのだろうとか興味をもって聞いたりはしています。
――友人にはどんなタイプが多いのだろう? 通っている関西学院高等部は、佐々木さんの代から共学になったとのことだが。
佐々木 そうですねえ、やっぱりプログラミングが好きとか数学、ITが好きっていう人が多いです。うちの部には女子が全然入らないのですけれど(笑)、ひとり、デザインで来てる人がいます。外部のプログラミング教室に通っていて、「ちょっと教えてー」って言われたりとかは、ありますけどね。
――テック系、IT系は男性が圧倒的に多い。女性のプログラマーに知り合いたいと思うことはないのだろうか、変な意味ではなく。
佐々木 プログラマーよりも、女性だったらUIデザイナーとか来てほしいと思いますね。女子で絵を描くの上手い人いるんですけど、UIデザイン出来る人はいなくて。UIデザイン出来るのはある意味「専門職かな」という感じで、プログラミングに並ぶくらい技術いるかなと思っているので、それ専門にやってくれる人いたらいいと思います。見栄えってやっぱり大事で、僕はプログラムする時、まずはデザインから考えてます。僕、iPhoneに入れているアプリで、アイコンがあまりキレイじゃないだけで消したくなるタイプなんで(笑)。
佐々木さんの座右の銘は「神はサイコロを振らない(アルベルト・アインシュタイン)」だそうだ。何かの理由があったら、その理由がロジカルに繋がって結果が出てくるということを、いろいろなところで、心においておきたいとのこと |
――「見栄え」ということで、Apple製品についても伺ってみた。普段はMacにiPhone、iPadなどを使っていて、Windows環境が必要な状況でもBoot Campから利用しているそうだ。
佐々木 Appleの製品を見ているとどれもが完璧を求めているというか、中途半端なものを出してこないというのがいいと思っています。スカラシップのような取り組みについては、正直、Googleのほうがそういう教育のプログラム多いかなとは思うのですが。
――最近はApple製品を教室内で使いこなせる先生を認定する制度「Apple Teacher」や、誰でもコードを学べ、書き、教えることができるプログラム「Everyone Can Code」をスタートさせるなど、より教育分野に注力するようになってきているので、ここからの巻き返しに期待したいところではある。もっとも、WWDCへの参加で佐々木さんの抱くイメージが覆る可能性もあるが。最後に今回参加するにあたって期待していることは何かを訊いてみた。
佐々木 ひとつは、Appleのアプリケーションを開発しているトップレベルの方が大勢いらっしゃると思うので、そういう人たちと関われるというのがすごく勉強になると思っています。あとは、個人的なのですがKeynoteを生で見たかったので楽しみにしています。同世代の人たちが海外ではどういうことをやっているのだろうということにも興味がありますし、どちらかと言うと日本はプログラミング教育は遅れているほうかと思うので、そういう意味では進んだところにいる人たちの作るものがどういうものかは見てみたいですね。
WWDC 2017は6月5日(日本時間6日)のキーノートで幕を開ける。基調講演の様子はライブ中継される予定で、iPhone/iPadなどのiOS 7.0以降を搭載したiOSデバイス、OS X v10.8.5以降を搭載したMacのSafari(バージョン6.0.5以降)、software 6.2以降がインストールされた第2/第3世代のApple TVおよび、第4世代Apple TV、さらに、Windows 10を搭載したPCのMicrosoft Edgeで視聴が可能だ。