トランプ大統領が「ロシアゲート」に絡んで弾劾される可能性が浮上してきた。トランプ大統領が弾劾の要件である「反逆罪、収賄罪、その他の重大な罪または軽罪(不品行)」に該当する行為を行ったかどうかは現時点で不透明であり、弾劾云々を議論するのは時期尚早かもしれない。
ただ、トランプ大統領が弾劾されると仮定して、それはどのようなプロセスとなるのか。参考例として、クリントン大統領のケースを振り返っておきたい。
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発端は、クリントン大統領のアーカンソー州知事時代のセクハラに関する裁判だった。その過程で、1997年終盤に大統領と研修生との「不適切な関係」が疑惑として浮上した。
98年1月16日、クリントン夫妻が関係する不動産会社の不正(ホワイトウォーター事件)を94年から捜査していたスター特別検察官が、大統領の「不適切な関係」を捜査対象にすることで、リノ司法長官から承認を受けた。
その翌日、クリントン大統領はセクハラ裁判の宣誓供述のなかで「不適切な関係」を否定した。これが後に偽証罪に問われることになる。
8月17日、クリントン大統領が大陪審で証言して、「不適切な関係」を一部認めた(ただし、1月の裁判で提出した証拠は正確であると主張)。
9月9日、スター特別検察官が議会に報告書を提出、その中で弾劾に該当する可能性のある11の根拠を列挙。
10月5日、下院司法委員会が、大統領に対する弾劾の可能性を調査することを決定。
10月8日、下院本会議が、大統領に対する弾劾手続きを開始することを決定。
12月19日、下院本会議が、「偽証」と「司法妨害」に関して大統領の弾劾を決定。
1999年1月7日、上院本会議が、大統領の弾劾裁判を開始。
2月12日、上院本会議が、「偽証」と「司法妨害」に関して「有罪ではない」と認定。
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上記のタイムラインが示すように、クリントン大統領の弾劾では、疑惑の浮上から弾劾裁判の決定まで1年以上かかり、そこから決着までさらに2か月近くかかった計算だ。弾劾プロセスとは、かくも時間がかかるものかもしれない。
ところで、トランプ大統領が弾劾されると仮定すれば、そこでは「司法妨害」「権力濫用」、今後の展開次第で「偽証」などが問われることになりそうだ。それらはクリントン大統領のケースと類似するものだ(クリントン大統領も「権力濫用」が指摘されたが、下院本会議での弾劾決定時に不採用となった)。
もっとも、両者の「事件」の本質は大きく異なる。クリントン大統領のケースは、研修生との「不適切な関係」という個人の倫理に関するものであり、大統領の職務遂行に影響があったという証拠はない。一方で、トランプ大統領が問われるとすれば、それは政治(選挙制度)あるいは外交の本質に関わるものとなるはずであり、極めて深刻な事態と言わざるを得ない。
もうひとつの違いは国民の支持だ。弾劾裁判の決定後も、クリントン大統領は7割前後の支持率を謳歌しており、辞職を求める声は3割程度だったらしい。上院での弾劾裁判は、一部の下院議員が検察役、全上院議員が陪審員となって進められる。そこでは、厳密に法を犯したかどうかではなく、極めて政治的な判断が求められるようだ。その点がトランプ大統領にとってプラスになる、ということはなさそうだ。あくまでも仮定の話だが。
(本稿執筆にあたって、英紙The Guardianの’Clinton impeachment timeline‘などを参考にした)
執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)
マネースクウェア・ジャパン 市場調査部 チーフエコノミスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。2012年9月、マネースクウェア・ジャパン(M2J)入社。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査部レポート」、「市場調査部エクスプレス」、「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。
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