レノボ・ジャパンが2016年10月に発売した10.1型2in1タブレット「YOGA BOOK」。発売から長らく品薄状態が続いたというほどの人気を獲得し、BCNの集計データによると、1.1kg未満のノートPCにおいて、トップシェアを獲得している

人気の理由として薄型軽量の本体もさることながら、「Haloキーボード」と名付けられたスクリーンキーボードと、ワコム製ペン技術を採用した「REAL PEN」の存在が挙げられるだろう。特に「Haloキーボード」は、レノボが従来のスクリーンキーボードとは一線を画し、「物理キーボードに近い」生産性能提供を実現したと強くアピールするポイントだ。

YOGA BOOK

そんな「Haloキーボード」の実現にあたって、レノボ・ジャパン 大和研究所のノウハウが活かされていることが製品発表当初から紹介されていた。このほど、「YOGA BOOK」の開発に携わったレノボ・ジャパン 大和研究所 Research & Technology Japan (R&T Japan)のメンバーに話を聞くことができた。

ProductivityとMobilityの両立を目指した

本題に入る前に「YOGA BOOK」についておさらいしておこう。「YOGA BOOK」は厚さ9.6㎜/の薄型ボディで、モバイル性を重視した10.1型の2in1タブレットだ。レノボ製品の開発期間は1年ほどとのことだが、「YOGA BOOK」では、製品の完成度を上げるため、通常よりも長い開発期間となった。

開いた状態のディスプレイ部で薄さ4.05m、たたんだ状態でも9.6mmの薄型ボディ

レノボはこれまでもYOGA TabletやMiixシリーズといったタブレットを投入しているが、どちらかというと動画などのコンテンツ視聴といった用途が中心で、生産性向上のツールとしてはPCが主役となっていた。

YOGA BOOKはProductivityとMobilityの両立を目指した

「YOGA BOOK」では、PCよりもスマートフォンやタブレットに親しんでいる30歳以下の若い世代、「Touch Generation」と呼ばれるユーザーをターゲットとして、どこでも持ち運べ、なおかつユーザーの生産性を向上させるモバイルデバイスとして開発が進められた。

前述の通り、「YOGA BOOK」最大の特徴は入力デバイス。つまり「ペン」と「キーボード」だ。同梱する「REAL PEN」は、ワコムの「feel IT technologies」をベースとしたデジタイザに対応し、電池なしで駆動する。2,048段階の筆圧検知をサポートするほか、ペンの角度が100度から入力感知が可能だ。また、ペン先は通常のスタイラス芯に加えて、ボールペンのようなインク替え芯を用意し、通常の紙に書いて、それをリアルタイムで取り込むこともできる。

ワコム製技術を採用したペンに対応

通常のスタイラス芯に加えて、ボールペンのようなインク替え芯も使える

さらに普通のボールペンなどでも操作できるAnyPen対応となっている

これまでのスクリーンキーボードの課題を解決する「Haloキーボード」

さて、もう1つの特徴であるキーボードには独自の「Haloキーボード」を採用している。この「Haloキーボード」の開発に深く携わったのが、レノボ・ジャパン 大和研究所 Research & Technology Japan (R&T Japan)だ。

R&T Japanは、日本アイ・ビー・エムの研究部門とPC部門が前身の部門で、3~5年先を見据えた「次世代製品に向けた」技術研究と技術提案を行っている。ThinkPadに搭載されている「ふくろうファン」や「ThinkVantage Rescue & Recovery」はその成果の一部だ。「YOGA BOOK」は、中国・北京の部隊が開発を担当しているが、そこから問い合わせを受けて、R&T Japanが技術提案を行い、それをベースに「Haloキーボード」が開発された。

R&T JapanのテクノロジーはThinkPadユーザーにはおなじみのものばかり

「Haloキーボード」開発の経緯

「Haloキーボード」は、スマートフォンやタブレットに搭載されているスクリーンキーボードと構造はほぼ同じ。時折、フリック入力で長文も打てるという若者に会うこともあるのだが、それでも一般的には、スマートフォンやタブレットのソフトウェアキーボードで長文の入力は難しい。それではなぜ、「Haloキーボード」ではそれが可能だというのか。

R&T Japanが担当したのは、アルゴリズムから、キーボードレイアウト、タッチICのファームウェア、デバイスドライバといった幅広い領域で「センサーハードウェア以外のほぼすべて」に相当する。

「Haloキーボード」にはさまざまな技術を盛り込み、従来のスクリーンキーボードにあった課題を解決する

まず、同じ画面サイズを持つ「ThinkPad 10 ウルトラブック キーボード」をベースとして、キーレイアウトを検討した。開発中には「6段キーボードである必要はないのでは?」など、さまざまなアイデアが出たそうだが、ファンクションキーを多用するユーザーがいることや、「ThinkPad 10 ウルトラブック キーボード」と同じ機能を提供するために、同じキー数を確保したという。

「Haloキーボード」がベースとしたのは「ThinkPad 10 ウルトラブック キーボード」

一方で、物理キーボードにとらわれるだけではなく、社内で実施したテストからタイピング位置を計測し、平面においてベストだと思われるキーピッチを導出。一般的な物理キーボードにおけるキーピッチは19mmだが、それよりも小さめの18.1×17.4mmという数値になった。また、通常のスクリーンキーボードやソフトウェアキーボードでは、入力ミスが多く生じることからBackspaceキーが頻繁に使われる。「Haloキーボード」では精度は大幅に向上しているが、それでも物理キーボードよりも入力ミスが発生する可能性を考慮して、タイピングしやすい右上の角に配置した。

キーピッチの調整やBackspaceキーの位置調整などでも精度を上げる工夫

社内のテストでは、日本をはじめとしてアメリカや中国、EMEA地域からテスターを募った。いずれもYOGA BOOKをはじめて使うユーザーで実施した。これによると、入力スピードは2in1 PCのキーボードカバー比で89%、タイピングエラーも遜色ない結果となった。しかも、短い時間で入力に慣れており、学習負荷の低さも特徴といえる。

社内のテストでは従来のスクリーンキーボードに匹敵する精度を実現

パームレストやフィンガーレストにも対応

「Haloキーボード」はパームレストにも対応。キーボード面全体にタッチセンサーが内蔵されているのだが、ファームウェアで手のひらが置かれる部分を不感帯に設定し、ソフトウェアでの対応に比べてより高速で正確な検出が可能になるという。

また、平面キーボードでは、物理キーボードよりも意図せずにタッチパッドを触ってしまうことが多く、ユーザーがタイピングを行っている時には、タッチパッドの中心部分のみが反応させ、タッチパッドの中心に触れると全体が使用可能とするスマートな仕組みを導入した。

タッチICファームウェアのカスタマイズでパームレストに対応するほか、タイピングの検出なども行う

ファームウェアのカスタマイズは、より正確なタイピング検出にも役立っている。YOGA BOOKは、従来のスクリーンキーボードを大きく超える速度でのキー入力を実現しているが、一般的なスクリーンキーボードでは、指がキーから離れた瞬間に文字入力される。

フィンガーレストや高速応答にも役立っている

この場合、「あいうえお」と入力したいと思っても、指が離れるタイミングにより「あういえお」などと入力が前後してしまうことがある。一方、YOGA BOOKでは指をタッチした瞬間に文字入力される。これにより高速な反応とユーザーの意図に沿った順序で入力が可能だというわけだ。

そのほか、ユーザーが意図したタイピングのほか、意図しない指の接触、キートップ上で指を休ませる「フィンガーレスト」を検出できるアルゴリズムを開発。一例だが、非常に短い時間で複数のキーが押されているような状況では、指を休ませていると判断する。

「ヴァーチャル・レイアウト」で入力位置を学習して最適化

さて、発表当初から「Haloキーボード」には、ユーザーがキーのどの部分を押すかといったクセを学習し、実際のキーをはみ出した部分にまで打鍵位置を自動で調整する機能が盛り込まれているとの説明があった。「Haloキーボード」は、平面上に各キーの境界線を描いているので、キーの角や端などずれた場所にタッチすることもある。

「Haloキーボード」では「エルゴノミック。ヴァーチャル・レイアウト」という概念を導入。実際に表示されたレイアウトとは別に、ユーザーのくせに合わせてキーの位置や大きさを変えて適応した「仮想的なキーレイアウト」を内部的に持っている。写真の撮影はできなかったのだが、実際に「仮想的なキーレイアウト」が随時変化していくデモも披露された。

「エルゴノミック。ヴァーチャル・レイアウト」の概要。ユーザーのくせを学習して、キーの位置や大きさを変えた仮想的なレイアウトを持つ

意外だったのは、個人のくせといってもほんのわずかな時間で変化することだ。パーソナライズというよりは、すぐ前のキー入力の位置を検出して、都度判断している形だ。実際にある人が使っていた「Haloキーボード」を別の人が使っても10分ほどで適応したレイアウトに変化するという。

「エルゴノミック。ヴァーチャル・レイアウト」的な発想は以前から存在していたが、製品として実装したのは「Haloキーボード」が初ではないかとしている。具体的な方法は明かされなかったが「見えているレイアウトと仮想レイアウト間で、矛盾を生じさせない」ことが鍵になるとしている。

また、「エルゴノミック。ヴァーチャル・レイアウト」は、各キーの位置や大きさの情報しかもたない。つまりタイピング履歴は記録しないため、キーロガー的な問題も発生しないと強調した。

「Haloキーボード」は究極のカスタマイズ実現の第1歩か

「Haloキーボード」は、こうしたさまざまな技術を盛り込んだ革新的なキーボードだ。筆者としては「この先の進化」が気になるところだ。レノボでは、ThinkPadだけではなく、YOGAブランドのノートPCでも製品担当者がキーボードにかなりのこだわりを見せる。現行製品のキーボードも数々のテスト結果や調査結果を基に検討されている。

しかし、キーボードはかなり個人の好みが入るデバイスだ。例えばファンクションキーや無変換キーなど頻繁に使う人/まったく使わない人とさまざまだ。ATOKでの変換や、コマンドシェルの補完機能でTabキーを使うなど、アプリケーションによっても異なる。誰かの好みに合わせても別の誰かには合わない。製品担当者に話を聞くと毎回悩みの種の1つになっている。

ソフトウェアキーボードは(センサーの位置はあるが)、物理的な制約が少ない。qwertyじゃなくても、Dvorak、親指キーボード、中央分離型などレイアウトを変えることも可能になるはずだ。キーロガー的な課題はあるが、さらに踏み込んでIMEまでユーザーのくせに合わせて最適化し、生産性をさらに向上させる可能性もある。

「Haloキーボード」には、制約にとらわれないカスタマイズ化を実現さるだけのポテンシャルを感じる。いまの「Haloキーボード」自体の完成度ももちろんたかいが、ついつい「その先」を期待したくなる技術だ。