ベトコンラーメン。全国の人には耳慣れないそんな名前のラーメンが、愛知県の北部、岐阜県を中心とした東海地方の一部に存在する。メニュー名を店名に冠した店もあり、店数は100軒を超えるとも言われているそうだ。特定の地域で普及しているという点から、一種のご当地ラーメンとも言えるだろう。「名古屋メシ」ではなく、「名古屋"よりちょっと北"メシ」とも言うべきこのベトコンラーメンを、今回は紹介しよう。
満州出身の創業者が昭和40年代前半に考案
鶏ガラベースの醤油系スープと、やや細めのちぢれ麺の組み合わせはいたってノーマル。具はニラ、もやし、豚肉と至極シンプル。唐辛子多めのピリ辛な味つけはややワイルド。……とここまでは、割とどこにでもありそうなラーメン。しかし、ベトコンラーメンにおいて決定的に違うのは、もう1種類の具。そう、ニンニクだ。
しかも数が尋常じゃない。一杯に10粒前後も入っている。平らげたが最後、その日は周囲の人に向けて、少し迷惑かもしれないにおいを発しながら過ごさなくてはならない。食べたくとも、時と場所を選ぶ必要がある、悩ましいラーメンなのだ。
発祥、元祖と言われているのは、愛知県一宮市の「新京」、岐阜県岐阜市の「香楽」。特に新京はのれん分けの店が各地にあり、ベトコンラーメンの代名詞とも言える存在となっている。
「満州出身の父が、少年時代に食べた辣椒湯麺(ラージャータンメン)をベースに、岐阜県のコックさんと共同で開発したと聞いています」と語るのは、新京の2代目、稲垣賀彦さん。辣椒湯麺に唐辛子の辛みとニンニクを加えて生まれたのが、このオリジナルのラーメンだった。店がオープンした昭和44年には、既にメニューにあったという。
ニンニクは、およそ30分かけて、油でじっくり炒め煮にする。そのため、口の中でほろほろと崩れてしまうくらい柔らかく、甘みがじんわりと広がる。食べているときには、においはほとんど感じない。
気になる名前の由来はやっぱり……!?
さて、気になるのがその名前。ベトコンと言えば、中年以上の世代は、真っ先に連想するものがあるかと思うが……。稲垣さんからは、「"ベストコンディション"を略して"ベトコン"です」との回答が帰ってきた。スタミナたっぷりなので、食べれば元気になるという意味で、この名前になったとか。う~ん、本当だろうか!?
「……というのを今は公式の由来としていますが、もともとはお察しの通り、ベトナム戦争のベトコンから取ったんです」と稲垣さん。ここで言うベトコンとは、ベトナムコンサン(ベトナム共産主義者)=南ベトナム解放戦線のこと。大国・アメリカをゲリラ戦術で苦しめ、その勇猛さにあやかって、ラーメンの名前にしたという。しかし、戦争が泥沼化して、殺伐としたイメージが強くなってしまったため、後付けで現在の"由来"を公式なものにしたそうだ。
約半世紀にわたって愛され続ける秘密とは?
一概にベトコンラーメンといえども、店内を見渡してみると、さまざまなバリエーションのメニュー表が目に付く。「元の味のベトコンラーメン ストロング」「あっさりベトコンラーメン」などだ。
「ベトコンラーメン」とはどのように味が異なるのだろうか。稲垣さんによれば、「"元の味"というのは、昔店で出していた味で、化学調味料を使い、塩分も多めにしています。昔からのお客さんの中には、こちらの方がいいという方がいらっしゃいます」とのこと。ちなみに「あっさりベトコンラーメン」は、ニンニクを長時間炒めないという昔の手法を使って作っているので、ニンニクのコリコリした食感が楽しめるという。
この店のベトコンラーメンは、長い歳月の間に少しずつ進化し、現在の味は第3期にあたるとか。化学調味料を見直し、その分、だしの鶏ガラ、豚骨をたっぷり使うようになっている。のれん分けの店舗の中には、1期、2期のやり方を守っているところもあるので、同じ新京の中でも、店によって異なる時代の味を食べ比べできるそうだ。
約半世紀にわたって愛され続けてきた、ベトコンラーメン。浮き沈みの激しいラーメンシーンの中で、廃れない秘密はどこにあるのだろうか。
「うちはラーメン専門店ではなく、あくまで中華料理店なんです。中華料理はどのメニューもニンニク、ネギ、ショウガの香りがベースとなっていて、独特の深みがある。ベトコンラーメンもその基本を外さずに作っているので、飽きが来ないんじゃないでしょうか」(稲垣さん)。
新京はのれん分けの店舗が愛知県、名古屋市内を中心に10店舗以上。ベトコンラーメンの最大勢力だ。その他にも、東海地方では多くの店で採用されている。愛知県、岐阜県のラーメン店、中華料理店でその名前を見つけたら、ぜひ味わって、"ベストコンディション"の糧にしてほしい。
●information
新京 本店
住所: 愛知県一宮市松島町5
営業時間: 11時半~14時、17時半~22時(金・土は22時半まで)
定休日: 火曜日(月1回程度、月曜日もしくは水曜日が休み)
※価格は税込
筆者プロフィール: 大竹敏之(おおたけとしゆき)
名古屋在住のフリーライター。雑誌、新聞、Webなど幅広い媒体で名古屋情報を発信。Webガイドサイト「オールアバウト」では名古屋ガイドを務める。名古屋メシ関連の著作を数多く出版。『名古屋の喫茶店』『名古屋の居酒屋』『名古屋メン』『続・名古屋の喫茶店』(リベラル社)は自腹リサーチをコンセプトにしてご当地ロングセラーに。10月上旬にはご当地グルメコミックエッセイ『まんぷく名古屋』(KADOKAWA、森下えみこ著)に案内人として登場。