4月14日、熊本地震から1年となる。被災者に対し、民間賃貸住宅の借上げによる応急仮設住宅(みなし応急仮設住宅)の供与や、被災した住地の復旧支援、こころの健康相談など、現在もさまざまなサポートが行われているものの、生活再建に向けた課題はなお多い。
今、目の前にある生活が第一とは言え、「やっぱり、心の支えだと思う」と地元の人々も話すのが熊本城だ。今回、熊本城の復旧・復元を目指して始動した「復興城主」の現状をうかがった。
2019年春には天守閣の復旧が部分的に完了
2016年4月14日21時26分、熊本県熊本地方の深さ約10kmでマグニチュード(M)6.5の地震が発生、また、16日01時25分には同地方の深さ約10kmでM7.3の地震が発生した。これらの地震により、熊本県では最大震度7を観測し、現在も活発な活動が続いていると地震調査委員会は発表している。
熊本城総合事務所によると、被害を受けた石垣は64カ所あり、その被害規模は全体の3割以上にのぼる。さらに、重要文化財に指定されている建物(全13棟)は全てが損傷を受けた。修理を要する箇所は文化財となる建造物だけでも10カ所以上にのぼる。
熊本城自体は開門されているものの、多くの部分に立ち入ることができず、二の丸広場や加藤神社、その周辺から、天守閣や櫓等を見ることができるという状況だ。2017年4月現在の予定では、2019年春には天守閣の復旧が部分的に完了し、観光客にも広く公開を予定している。しかし、熊本市が試算した熊本城の復旧・復元には634億円かかる見通しであり、誇り高きあの城が再び蘇るまでの道のりはまだ遠い。
復興城主、その数5万5,190件
熊本城の復旧・復元を支えるひとつの力が「復興城主」である。この「復興城主」は、震災直後に開始した「熊本城災害復旧支援金」に、2016年4月21日より休止していた「一口城主」制度を合わせたもので、同年11月1日より広く一般に支援を呼びかけている。1回につき1万円以上の寄附をすると「復興城主」になれ、寄付金は熊本城復元整備基金に積み立て、熊本城の復旧・復元のための財源に全て充当される。
「一口城主」自体は、加藤清正時代の熊本城への復元整備事業財源として2009年より設けられた制度で、総事業の1/3に当たる7億円を目標に寄付金を募っていた。現在の「復興城主」では特に目標は定められていないものの、2017年4月現在、5万5,190件の城主から9億884万5,173円の支援が集まっていると言う。なお、2017年2月1日から「Yahoo!ネット募金」でも「復興城主」制度とは別に、熊本城を始めとした復興支援のための寄付金を募っている。
「復興城主」の特典としては、「城主証」の送付とともにデジタル芳名板への名前登録、また、個人で寄附をした城主には市内の観光施設や協賛店舗にて提示すると特典を受けられる優待証「城主手形」を発行している。さらに、1回につき10万円以上の寄附をした人には、感謝状が贈呈される。
個人の城主に贈られる「城主手形」を提示すると、熊本市が管理する施設に無料で入園できるが、地震の影響で閉園している施設は多く、2016年12月現在、無料開園に対応している施設は9施設となる(城彩苑 湧々座、夏目漱石内坪井旧居(庭園のみ)、小泉八雲熊本旧居(一部)、徳富記念館、 立田自然公園(一部)、御馬下の角小屋、北岡自然公園(一部)、田原坂西南戦争資料館、塚原歴史民族資料館)。また、熊本県物産館での買い物が5%割引(一部の商品を除く)になるほか、「城主手形協賛」の表示のある店舗(2017年4現在、120店舗)で特典が受けられる。
「あのすばらしい姿をまた見たい」「復興がんばってください」という声が、熊本城復興を受け持っている熊本城総合事務所にも届けられていると言う。完全に復旧・復元するには20年かかるとされているが、少しずつであったとしても進んでいく復旧・復元は、多くの人に希望も与えてくれることだろう。猛将・加藤清正が築き、明治維新後に勃発した西南戦争でも屈しなかった"日本最強の城"が、再び世界の人々を魅了してくれることを期待してやまない。