3月29日、英国のバロウ駐EU大使が、メイ首相の署名入り離脱通知をトゥスクEU大統領(欧州理事会常任議長)に手渡した。これによりリスボン条約第50条が発動され、ブレグジット(英国のEU離脱)のプロセスがスタートした。
ただし、離脱に関する交渉ルールは4月29日のEUサミット(首脳会談)で決定されるようで、交渉の正式なスタートはそれ以降となりそうだ。
以下では、ブレグジットに関していくつかのポイントを見ておきたい。
英国のEU残留は可能か
ここでの交渉とは離脱するか否かではなく、離脱の条件や将来の取り決めに関するものだ。交渉期間は英国の通知から2年間とされており、合意の有無とは関係なく、通知の2年後、つまり2019年3月に英国はEUを離脱することになる。それを覆す新たな取り決めの可能性もゼロではないものの、現実味があるとは言い難い。
英国とEU双方の議会などでの批准手続きを考慮すると、交渉は2018年10月ごろまでに終了する必要があるようだ。ただし、英国を含むEU全加盟国が承認すれば、交渉期間は延長することが可能だ。
交渉の難航は必至?
離脱通知のなかで、メイ首相は離脱条件の交渉と並行して、通商面などでの英国とEUの新たな関係や移行期の激変緩和措置についても話し合いたい意向を示した。これに対して、EUは離脱条件を決定することが第一であり、それが固まった段階で将来の関係や移行措置について話し合いを始めるとのスタンスだ。英国がどのような形・条件でEUを離脱するかを交渉する前に、その交渉をどのように進めるかを交渉することになるかもしれない。
EUはもともと、英国が離脱によって一方的に利益を享受しないよう、つまりは追随する国が出てこないよう厳しい条件を課す意向だ。一方、英国のEU離脱派は離脱が国民に利益をもたらすとして説得工作した経緯があり、両者の溝は簡単には埋まらないだろう。合意がないままに交渉が早期に終了するとの見方が一部にあるのはそのためだ。
ブレグジットには費用がかかる?
英国はEU離脱にあたって、加盟中に発生した債務(EUスタッフの年金債務など)や過去に約束した拠出などを精算する必要がある。EUでは、その額は500~600億ユーロと試算されているようだ。一方で、英国も拠出の必要は認めているものの、政府内の離脱推進派が拠出金の上限を30億ポンドとするよう主張しているとの報道もある。両者の巨額の溝がどのように埋められるのか不透明だ。
「ハード・ブレグジット」とは?
「強硬離脱」との訳もあるが、「交渉がまとまらない中で英国が強引にEUを離脱する」と解釈されるのであれば、それは必ずしも正しくない。「ハード・ブレグジット」とは、移民・難民、あるいはその他の取り決めに関して英国が自由裁量を確保する一方で、単一市場参加などの優遇も放棄することを指す。「クリーン・ブレグジット」とも呼ばれ、そちらの方が本来の意味に近い。
「ハード・ブレグジット」のケースでは、EUからすれば、英国はその他のEU外の国と同じ扱いとなる。英国はEUだけでなく、米国などEU外の国とも新たな通商協定を模索することになる。そして、通商協定を結べなければ、英国はWTO(世界貿易機関)の共通ルールに従うことになる。
スコットランドはどうなる?
3月28日、スコットランド議会は、英国からの独立を問う住民投票の再実施について、英政府と交渉する権限をスタージョン行政府首相に与えた。2014年9月18日に実施された住民投票では55%対45%で独立が否決されたが、その後にブレグジット決定という大きな変化があった。住民投票の実施時期は、ブレグジットの条件が固まる2018年秋~2019年春を想定しているようだ。
メイ首相は住民投票を承認しない意向のようだが、同首相は国内にも頭の痛い問題を抱えることになりそうだ。一方、自国内に類似の独立問題が燻(くすぶ)るスペインなどは、スコットランドが英国から独立したうえでEUに残留することに強く反対しそうだ。
いずれにせよ、ブレグジットの道のりは長く、そして前途多難と言えそうだ。
執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)
マネースクウェア・ジャパン 市場調査部 チーフエコノミスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。2012年9月、マネースクウェア・ジャパン(M2J)入社。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査部レポート」、「市場調査部エクスプレス」、「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。
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