伊藤智彦監督

現在公開中の『劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-』。その観客動員数140万人、興行収入20億円突破を記念して、テレビシリーズに続いて本作を監督した伊藤智彦監督から寄せられたメッセージを紹介しよう。

伊藤智彦監督が語る、『劇場版 ソードアート・オンライン』ヒットの感想と日本アニメの未来

なぜ「ソードアート・オンライン」は多くの人を魅了するのか、映画「君の名は。」ヒットに沸く日本のアニメ業界の今後について、細田守監督から学んだ教えまで……。「目を閉じることは許されない」、今作のラストについて伊藤監督は語る。

【「ソードアート・オンライン」の世界はいずれ実現する?】

――今映画は、TVアニメ『ソードアート・オンラインII』の後の世界を描いたものですが、映画から入っても楽しめますか?

「主人公としてキリトとアスナがいること」「舞台がゲームの世界であること」「キリトがゲーム内でものすごく強いってこと」の3つが分かっていれば大丈夫です。

――アニメや小説の世界観を知らずとも楽しめる?

もちろん知っていればより楽しめますが。作品を知らなくても面白かった、という声もよく聞くんですよ。そこからハマって、じゃあDVDや過去シリーズも見てみようって流れになればいいなって。

――これまで「ソードアート・オンライン」は、VR(仮想現実)のお話でした。映画ではそちらではなくAR(拡張現実)を扱っていますね

はい。最初に原作者の川原礫さんが「今回はARをやりましょう」と宣言をしたことで決まりました。聞いたときは「VRより技術的に後退しているのでは?」とスタッフもざわつきましたが。

――確かに一般的にVRの方が手間のかかる印象を受けます

物語でのVRは、ユーザーの意識をゲーム内に飛ばす夢の技術です。それに対して現実をベースにしたARは「地味なんじゃないか」「実際に体を動かすんでしょ? 話として無理があるのでは」と、みんな気にしていました。でも、『ポケモンGO』の事例を見ると意外といけるのかも、と途中で心変わりしましたね。川原礫さんは時代を見通す目を持っているな、と(笑)。

ARの世界に入るキリトとアスナ

――PlayStationVRの出現やスマートフォン技術が進歩するなか、いずれ「ソードアート・オンライン」の世界は現実化すると思いますか?

なくはない、と思います。いろいろと法整備などが必要になるでしょうけど。むしろなったらいいな、という側面も作品には込められているので。

――ARを映像表現するにあたって大変だった点はありますか?

ARは表現としていくらでも地味にはできるんですよ。単純に物体の上にウィンドウ表示をつければ、それでARでござい、ということになってしまうので。地味にならないためにはどうするか、その点には苦労しました。そこで、街の背景を塗り替えるなどインパクトのある表現も使うように心がけましたね。

【10億円突破が目的じゃない。伊藤監督の達成目標は……】

――今作は映画初監督ながら、すでに興行成績13億円を突破する好成績です(取材日時点)。今の率直なお気持ちは?

うれしいというよりホッとしている気持ちが大きいですかね。諸手を挙げてヤッター! というのも違うんですよ。10億円を突破することが自分の達成ポイントではないので。まず、しっかりと作品を完成させるのが第一。次にばく然と、みんなに見てもらえるといいな、といった気持ちでした。

――では、監督としてヤッター! ポイントはどこなのでしょうか?

作ったスタッフが満足してくれたことでしょうかね。作り終わってから「面白くないっすよ。お酒が進まない」って感じだったら俺も落ち込みますよね。スタッフみんなから、良かったですって言われるのが自分の目標でした。

――今作を制作するうえで意識した作品はありますか?

『君の名は。』の名前を出させようとしてません?(一同爆笑) 制作中に公開されたので見ましたけどね。どちらかというと『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』や『アベンジャーズ』などのマーベルものですかね意識したのは。そうした作品は、大量に出るキャラクターをいかにさばくかも大事じゃないですか? 今回の映画では多くのキャラが動き回るので参考になりましたね。

【「君の名は。」を見て感じたこと「こういうのがいいんだ」】

――『君の名は。』の話が出たのでお聞きしたいのですが、ご覧になっていかがでした?

今の若い人たちはこういうのがいいんだな、と。時代の傾向として、理詰めよりは感情優先のものをみんな見たがっているんだろうと感じました。

――今作にその影響はありましたか?

いえ。特にかじを切りかえることはしなかったですけど。無理に理詰めにこだわるより、感情を解放して楽しむことが、今の時代は大切なのだと知りましたね。

――しかし『君の名は。』は一部の評論家に理論的でないと口撃されてはいましたね

もちろん何割かの理屈は必要です。でも、その理をあえて抑えて感情を優先させるポイントがあるんじゃないかなって。できるなら俺は理のパーセンテージを高く持ちたいですが。

――なるほど

今後は『君の名は。』のヒットを受けて、そのプロットにのっとった劇場オリジナル作品がどんどん生まれてくると思います。ただ、個人的にはあまりそうしたことに左右されずに細々と仕事を続けていきたいですね。

【劇中で好きな意外キャラ「キリトくんよりよっぽど好きです」】

――監督から見た今作の注目点は?

アクションシーンです。MX4Dなどに限らず、劇場用に最適化された画と音にこだわりました。家庭環境では味わえない体験ができると思います。具体的にはラストバトルに注目してほしいですね。もう目を閉じることは許されない。まばたきするとカットに追い抜かれるというか。そこは目をかっぽじって見てほしいです。

目を閉じることは許されない、劇中のアクションシーン

――作品内で監督が好きなキャラクターは誰ですか?

テレビシリーズではシノンという女性キャラが好きでしたが、劇場版ではオリジナルキャラのエイジですね。主人公と対立する役ですが、こいつが情けないやつなんですよ(笑)

――情けないのに好きなんですか?

例えば、彼が最初の戦闘のとき「ついてこい!」って走り出すんですけど、誰もついてこない。かわいそうなやつなんです。最初、俺は気にならなかったんですけど、あとでスタッフに「いつもここで笑っちゃう」って言われて。なるほど、結構イタい子なのかなって。俺はそういうキャラが好きで、主人公のキリトくんより親身になれますよね。奥さんにも「主人公の言っていることはよく分からなかったけど、エイジのほうが共感できる」って言われました。

監督のお気に入りキャラ・エイジ

――キリトよりそっちに感情移入する観客が多かったら面白いですね

若い人たちは強いキリトくん、アスナさんに共感すると思うんです。なんでもできる万能感を持った世代ですから。でも、大人は違います。

――違いますか

世代で感情移入するキャラって変わると思うんです。子どもの頃、『ファーストガンダム』を見てアムロ目線でのめり込んで、大人になって見返すとブライト艦長の中間管理職的な立場に共感するような。

――大人目線で見るとエイジに対して「分かるぞ!」って気持ちになると

はい。みんながみんないい思いをできるわけじゃないぞって。つらいところを多く背負っているキャラですね。彼目線で見ると切ない話になっちゃうかもしれませんが。

【「ポスト宮崎駿」細田守監督から学んだこと】

――細田守監督のアニメ映画『時をかける少女』や『サマーウォーズ』では助監督を務めた伊藤監督ですが、細田監督から学んだことは何ですか?

映画に立ち向かう姿勢ですね。テレビのエピソードを抜け出したものを映画と言って作るんじゃないよ、って。それ1本で劇場に来た人を満足させるものを作らねばならない、そしてエンターテインメントでなければならない、と

――その思想は伊藤さんに受け継がれて……

受け継がれてというか、マネをしたというか(笑)。当時、適当なことを言ってよく怒られました。「お前はもうちょっと考えて作りなさい!」なんて。

【ガリガリが"超強い"の矛盾……「ゲーム内の世界だから許される」】

――マルチなメディア展開を見せる「ソードアート・オンライン」ですが、なぜこれほど多くの人を引きつけるのでしょう?

実は俺もよく分からないんです。なんとなくですが特筆した魅力というより、ドラマ性やアクション性、舞台設定などの複合的な評価によって多くの人に受け入れられた気がします。

――これだ! って分かりやすいポイントがあるわけじゃないんですね

あえて言うなら日本のアニメって、ひ弱な体型の男性が活躍する場合が多いじゃないですか。そこに批判的な意見も多いですよね。「ソードアート・オンライン」の場合だとゲーム内の世界だから"パラメーターが高いから強い"って理由付けがなされています。この、ある種のリアリティも人気の理由かもしれませんね。これはゲーム世界の物語だからさ、っていうエクスキューズがある。

――では、この作品をどんな人に見てもらいたいですか?

アニメや原作のファンはぜひ見てください(笑)。キリト、アスナのラブストーリーも見どころなので「ソードアート・オンライン」を知らないカップルで見にいくのも楽しめると思います。

ラブストーリーとしての一面も

――ところで今後、どんなアニメがヒットするんでしょうか?

それが分かっていたらむしろ黙ってる(笑)。そんなの絶対にバラしませんよ!

『劇場版ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-』は現在上映中。上映館などの詳細は劇場版公式サイトにて。

(C)2016 川原礫/KADOKAWA アスキー・メディアワークス刊/SAO MOVIE Project