3月16日午前0時(日本時間同午後1時)をもって、米政府の債務残高に上限を設定するデットシーリングが復活した。政府はこの上限を超えて新たに借り入れをしたり、国債の利払い(これも新たな債務である)を行ったりできない。政府が約束通り利払いを実行できなければ、それはデフォルト(債務不履行)ということになる。現在の債務残高(約20兆ドル)はほぼこの上限に到達している。

デットシーリングは2015年10月末から今年3月15日まで議会によって無効化されていた。大統領選挙戦のさなかにそれが政争の具となって政治や金融市場の混乱を招くことを避けるためだった。

デットシーリングの復活後も、直ちに危機が発生するわけではない。米政府にはいくつかの「非常手段」があるからだ。

例えば、財務長官は「債券発行停止期間」を宣言したうえで、公務員年金が投資している特殊な国債を償還することができる。その特殊な国債はデットシーリングの対象なので、それらを償還することでその分だけ債務の増加余地を生み出すことができる。

政府は、金を含め保有資産を売却して債務を圧縮することも可能だ。ただし、政府資産の売却は政府への信任の低下や売却資産の価格下落につながる恐れがあるため、よほど切羽詰まった状況にならない限り使われないようだ。

財務省はすでに「非常手段」を発動している。そして、政府が万策尽きる、すなわち本当にデフォルトの危機が迫るのは今秋ごろとなる見込みだ。もちろん、それまでにデットシーリングが引き上げられたり、無効化されたりすれば、危機は回避される。

もっとも、別種の危機がすぐにもやってくるかもしれない。2017年度(2016年10月1日に始まる1年間)の予算が4月28日に失効するからだ。昨年、政府と議会は年度末(今年9月末)までをカバーする本予算で合意できずに、7か月間だけの継続予算だけを成立させた。

そのため、このまま継続予算が失効すれば、4月29日に緊急性の乏しい政府機関は閉鎖される。安全保障、警察、消防、航空管制などの緊急性の高いサービスは続けられる。年金給付や利払いなどは年度ごとの予算措置が必要ない義務的支出と呼ばれるもので、それらの支払いも滞ることはない。

現在、政権と議会の過半数とを共和党が握っており、「統一された政府」と呼ばれる(オバマ時代は、民主党政権と共和党議会という「分断された政府」だった)。そのため、共和党主導での予算成立は難しくないとの見方もあろう。ただし、トランプ政権は国防費を大幅に増やしてその分だけ非国防費を減らしたり、メキシコ国境の「壁」の費用捻出を目論んだりしているので、共和党議員でも無条件で賛成するとは限らない。とりわけ、ティーパーティなど共和党内の財政保守派は、財政赤字の拡大に強く反対するだろう。

また、上院には法案の審議時間に制限がないため、演説を続けることで採決を妨害するフィリバスターと呼ばれる戦術がある。採決に踏み切るためには全100議席のうち60議席の賛成が必要だが、共和党の議席は52に過ぎない。予算関連法案はスムーズな成立が望まれるため、フィリバスターを使えないルールだが、年度残りをカバーする継続予算はどうやら「予算関連法案」の範疇に入らないようだ。

過去に、財政赤字削減などを巡って予算審議が紛糾して、政府機関が閉鎖されたことが何度かある。最近では2013年10月に約2週間閉鎖された。2015年夏には土壇場で危機が回避されている。

政府機関の閉鎖は一般市民にとっては迷惑この上ないが、金融市場は大きな問題とみなさないかもしれない。短期間のうちに平常化するのが常だからだ。ただし、2018年度(今年10月からの1年間)予算の議会審議には何らかの影響が及ぶかもしれない。

また、デットシーリングの混乱も考慮すれば、政府にも議会にも責任ある財政運営ができないと判断されて、米国債が格下げされる可能性も排除できない。もし、そうなれば、それは金融市場に小さくない波紋を広げるだろう。

執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)

マネースクウェア・ジャパン 市場調査部 チーフエコノミスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。2012年9月、マネースクウェア・ジャパン(M2J)入社。市場調査部チーフアナリストに就任。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査部レポート」、「市場調査部エクスプレス」、「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。

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