ちょっと前に、Webで盛り上がっていたコラム『東京女子図鑑』を覚えていますか。
地方都市から東京に出てきた女の子・綾が、まず三軒茶屋に住んで、それから恵比寿、銀座、豊洲、代々木上原と引っ越しながら仕事と男と生活レベルをどんどんレベルアップしていくストーリー仕立ての中に、その地域の素敵なレストランなどの紹介が織り込まれているお役立ちエンターテインメントです。なにしろ発信元は、"都心の高所得者層や感度の高い女性を中心としたユーザー向けに、体験型のリアルな東京の情報をお届けして"いる(媒体資料より)『東京カレンダー』でした。
お役立ちの一方、綾の生き方がバブリーで浅はかで読んでいてイライラして、でもそのいちいちツッコミ、喝破したくなる気分も込みで楽しい、イライラエンターテインメント略してイラタメでもありました。
クオリティの高いドラマに
その綾のコラムも終了して早くも1年ほど、なんと水川あさみ主演でドラマ版が制作され、Amazonプライム・ビデオで配信されています。これがドラマとしてかなりクオリティーが高いのです。
綾が三茶から代々木上原までのし上がっていく流れと、その言動のイライラ度は健在。実際に、恵比寿や銀座や代々木上原でロケしていて、水川あさみがGUCCIを身に着け、よりリアルになりました。「貴種流離譚」という、位の高い者が落ちぶれて世界を彷徨うお話が物語のひとつのパターンとしてありますが、『東京女子図鑑』はその逆パターン。「東京、予約のとれないレストラン、代理店の彼氏、やりがいのある仕事、六本木ヒルズ、バージンシネマのレイトショー、一泊二日の箱根旅行、ハリー・ウインストンの婚約指輪、幸せな結婚……人生をコンプリートするアイテム」(11話の予告より)というように、貧しい女の子が冒険を繰り広げながら、位を上げていく物語です。
「30歳までにデートで行けたらいい女」というネタになっているジョエル・ロブションも出てきて、女の子の憧れのキラキラが目の前に広がり続ける全11話。水川あさみが、いまひとつ垢抜けない20代前半から、磨きに磨かれきりっと美しくなっていく40代までを鮮やかに演じています。
女の幸せを問いかけ
2016年の12月から週1で1話ずつ配信されてる内容はこんな感じです。
・第1話:序章『秋田生まれの女の子』
・第2話:三軒茶屋編『憧れの東京生活 サバイバルのはじまりはじまり』
三茶で素朴な青年(阿部力)と知り合う。
・第3話:恵比寿編『金曜8時、恵比寿駅前集合』
・第4話:恵比寿編『結婚しない男』
恵比寿でジョエル・ロブションに連れていってくれる男性(森崎ウィン)と出会う。
・第5話:銀座編『アラサー女子の分岐点』
・第6話:銀座編『シンデレラストーリー』
呉服屋の若旦那・既婚者(眞島秀和)から一流のものを教えてもらう。
・第7話:豊洲編『ブルータス、お前もか』
・第8話:豊洲編『絶滅しない絶滅危惧種』
そこそこの夫(大倉孝二)とタワーマンションに住む。
・第9話:代々木上原編『私はおばさんになったか?』
・第10話:代々木上原編『やっぱり、そういうこと?』
離婚し、若い男(赤楚衛二)とつきあう。
どこかから借りてきたような価値観に振り回されて生きている綾も綾ですが、彼女がつきあう男もそろいもそろってツッコミネタの宝庫です。三茶の男はすごくいい人なんですけどね。そんないい人を捨てて、地位やお金を求めて突き進んでいくところに、女の幸せってなんだろう? という問いかけがあるわけです。ほかに、港区港区連呼する地元自慢のお金持ち(山本浩司)や出世コースからはずれて第二の人生(植林)をみつけた男(小柳友)などの言動にも楽しませてもらえます。
様々な共感ポイント
Webコラム版は、ひたすら綾が調子に乗って語っていましたが、ドラマ版は、これらの男性たちのほかにも仕事仲間など彼女を取り巻くいろいろな人が出てきて、それぞれの言い分を語るので、綾に感情移入できなくても、ほかに共感できる意見が出てきます。
リボ払いへの警鐘や、婚活に対するアドバイスはナットクですし、豊洲の主婦が「幸せです」となぜかカメラ目線で語る場面はややホラー。綾がようやく自慢できるキャリアを手に入れたとき、周囲の女友達は、結婚して子供をつくることにプライオリティーを置いていたあたりから、ドラマは様相を変えて、女たちよ、これでいいのか? と問いかけてきます。
なんと言っても、いまの日本で子供をつくることに対する、子供を持たない女の意見は鋭過ぎてやばい。こんなこと言っていいの? Web版と別の意味で炎上しそうと心配になるくらいです。
脚本は黒沢久子、監督はタナダユキ。映画『百万円と苦虫女』のスピンオフドラマ、『四十九日のレシピ』『お父さんと伊藤さん』などでコンビを組んできたふたりによる、甘さと苦さがいい感じに混ざった女の半生です。
最終回の第11話は、2月24日配信。以降は全11話、イッキ見できるようになるので、1話20分強だし、イッキに見ても楽しめそう。
はたして、40代になった綾の住む街と、彼女の横に並んでいる男の人は誰でしょうか。
それにしても、各街に対する綾の見解は、長く住んでもいないのに、なんでそんなに知ったかぶってるのか、と苦笑いせずにはいられません。でも水川あさみだから、ちょっと許せます。
この街、住んでみたいと、引っ越しの参考にもなりそうです。
東京女子図鑑 Amazonプライム・ビデオ 毎週金曜日更新
脚本:黒沢久子
監督:タナダユキ
出演:水川あさみ ほか
※Amazonプライム・ビデオは、Amazonが提供する動画配信サービス。「プライム対象」に指定された動画が、Amazon有料会員(プライム会員)の年会費3,900円(税込)のみで見放題。
■著者プロフィール
木俣冬
文筆業。ドラマ、映画、演劇などエンタメを中心に取材、執筆。著書『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』、共著『あまちゃんファンブック おら、あまちゃんが大好きだ!』、ノベライズ『マルモのおきて』『リッチマン、プアウーマン』『デート~恋とはどんなものかしら~』『恋仲』、構成した書籍に『庵野秀明のフタリシバイ』『堤っ』『蜷川幸雄の稽古場から』などがある。最近のテーマは朝ドラと京都のエンタメ。