パイロットの万年筆「カクノ」がヒットしている。
同製品は、初めて万年筆に触れる子供向けに作られた万年筆。1本1000円で購入できる低価格をはじめ、カラフルなデザインや、子供が使いやすい工夫などが施され、「価格が高そう」「大人が使うもの」「ちょっと古臭い」といった万年筆のイメージを覆した。
カクノがヒットしているその理由は、どこにあるのだろうか。
おこづかい万年筆
パイロットコーポレーション 営業企画部 高筆企画グループ 斉藤真美子氏 |
カクノ開発を担当した営業企画部 高筆企画グループの斉藤真美子氏は、「万年筆は『高価で大人が使うモノ』というイメージがあるが、カクノはそれを覆す製品にしたかった」と振り返る。
同社では、カクノ開発より前に、3000円の万年筆「コクーン」を発売している。初めて万年筆を持つ20代から30代の若い世代に向け、「大人への第一歩としてふさわしいデザイン」をコンセプトにしたモデルだ。当時、同社が販売する万年筆の中では、最も安価だった。
そんな背景もあり、経営層はコクーンよりもさらに手に取りやすい「1000円」の万年筆を開発してほしいと斉藤氏に命じた。社内で検討したところ、ターゲット層の重複を防ぐため、対象年齢をさらに下げることに決定。
ヨーロッパなどでは、万年筆を使う学校の授業があり、ここからヒントを得て、「親や祖父母が小学生の子供に買い与えられる万年筆」というコンセプトが出来上がった。
従来の万年筆とは考え方を根本的に変えたため、デザイン面でも従来とは違う工夫がされている。例えば、鉛筆をモチーフにした六角形のボディを採用した。また、通常は付いているはずのクリップは省いている。これは、筆記具をペンケースに入れて持ち運ぶ子供には、かえってクリップが邪魔になることが分かったからだ。さらに、机上で転がらない工夫として、キャップの縁に突起を付けた。
コスト面では、1000円で販売するため、地道な努力を積み重ねた。材料費削減のため、ペン先以外は樹脂製にした。また、部品数を6部品と少数で構成することで組み立ての手間を省いた。さらに、キャップをカラフルにする代わり、軸色は1色に統一して、コスト削減したままカラーバリエーションを増やす工夫を行った
その一方で、書き味にはこだわった。ペン先は、コクーンで使っているペン先を転用することで、価格を抑えると同時に、1000円とは思えない書き味向上につなげた。斉藤氏は、「いくら安くても書き味が悪いと万年筆全体のイメージが悪くなる。絶対にそこは譲れなかった」と語る。
パッケージも、透明の容器に入れ、ペン先を見せ、万年筆であることが分かるように工夫。対面販売が多い万年筆だが、手軽に手に取ってもらえるようなデザインにした。
美文字ブームが追い風に
カクノの販売ターゲットは子供だったが、発売当初の購入者は万年筆の利用経験がある男性が多かった。しかしその後は、TwitterなどのSNSから知った女性ユーザーが増加。
また、発売した2014年は「美文字」がブームになった時期。手書き文字を綺麗に書きたいという需要から、「美文字」練習帳と一緒に、万年筆を購入して文字の練習に励む人も増えたことも要因。時代の需要と合ったこともヒットの理由と言えるだろう。
さらに、初心者のみならず万年筆マニアの心にもカクノはヒットした。万年筆の醍醐味といえば、お気に入りの万年筆とインクを組み合わせて文字を綴る楽しみがある。パイロットでは、日本の情景になぞられた色名が付けられた「色彩雫(いろしずく)」というインキを用意している。
カクノはコンバーターに対応しており、瓶入りインクを使用できる。それを知ったユーザーが、カクノとコンバーターを1人で何本も購入し、複数色の色彩雫を試す現象が起きた。実際、コンバーターが品切れし、色彩雫が飛ぶように売れた。ちなみに、コンバーターの価格が500円、色彩雫が1500円。1000円の万年筆を使うために、ペン本体よりも高い製品が売れたという。
また、カクノなどの低価格万年筆のヒットが、高価な万年筆の販売にも波及し売り上げを伸ばしている。人気モデルのみならず、マイナー製品の売上も好調らしい。
こうしてカクノは、万年筆業界を牽引する製品となった。