生理学研究所(生理研)は2月3日、脊髄損傷後早期において運動機能の回復に重要な役割を果たす脊髄神経細胞を同定したと発表した。
同成果は、生理学研究所 伊佐正教授(研究当時、現在は京都大学大学院医学研究科・医学部神経生物学分野)、當山峰道研究員、小林憲太准教授、弘前大学 木下正治准教授、京都大学 渡邉大教授、福島県立医科大学 小林和人教授、慶應義塾大学医学部 里宇明元教授らの研究グループによるもので、1月3日付けの米国科学誌「Proceedings of the National Academy of Sciences」に掲載された。
脊髄損傷の多くは、大脳皮質運動野から脊髄の運動ニューロンに情報を伝える皮質脊髄路を介した神経経路が傷つくことで運動麻痺が生じる。しかし、脊髄損傷の多くは一部の神経だけが傷ついている不全損傷であり、損傷を免れた神経が脊髄内に存在する。この残された神経経路が、運動麻痺の回復に役立つのではと考えられてきたが、詳細はわかっていない。
今回、同研究グループは、サルの皮質脊髄路損傷後に、損傷部位をバイパスして運動野からの指令を脊髄の運動ニューロンに伝えることができる脊髄固有ニューロンに着目。過去の研究により、皮質脊髄路を第4~5頚髄のレベルで損傷したサルは、運動麻痺により手指の細かな運動ができなくなっても、1~3カ月後には回復することがわかっており、損傷を免れた脊髄固有ニューロンが回復に関わる可能性について言及されていた。しかしその因果関係は明らかでなく、技術的にも証明することが困難であった。
そこで今回、近年開発された2種類のウイルスベクターを用いた神経回路操作技術を、第4~5頚髄のレベルで皮質脊髄路損傷をしたサルの脊髄固有ニューロンに適用。2種類の異なるタイミングで脊髄固有ニューロンを阻害し、脊髄固有ニューロンを介する神経経路がいつ、どのように回復に影響を及ぼすかを調べた。
まず、皮質脊髄路を損傷させてから手指の細かな運動がある程度回復したときに、脊髄固有ニューロンを一時的に阻害したところ、手指の細かな運動は部分的に障害されたが、すぐに回復した。次に、皮質脊髄路損傷を行う前から損傷後3~4カ月半まで継続して阻害し続けたところ、手指の細かな運動は回復しかけた途中で止まってしまったという。
これらの結果から、回復過程には少なくとも2段階があり、最初の段階に重要な役割を果たす脊髄固有ニューロンがうまく働かないと回復がよく進まなくなることがわかった。一方で、一旦回復が進むと、ほかのニューロン群も回復に関わることになり、脊髄固有ニューロンの重要度は相対的に低下してしまうと同研究グループは考察している。
同研究グループは今回の成果について、脊髄損傷の新たな治療法の開発やリハビリテーションの神経学的な基盤の解明につながるものと期待できるとコメントしている。