トランプ次期大統領が米経済紙のインタビューで、「ドルは高すぎる」との見解を表明した。これは、「(そのために)米企業は中国と競争できない」との文脈で出てきたものだ。その直後に、今度は世界経済フォーラムのダボス会議で、習近平国家主席が「貿易戦争、保護主義は回避すべき」との旨を発言した。明らかに、米国の通商政策を念頭に置いたものだろう。

トランプ次期大統領は、選挙戦中から中国が人民元安の為替操作を行っていると批判しており、高率関税の賦課を表明してきた。トランプ氏の大統領就任前から、米中がジャブで応酬した格好だ。

米商務省の統計によると、2016年1-11月の貿易赤字は6,770億ドル。このうち、対中国は5割近い3,193億ドルに達する。同統計によれば、同じ期間に中国の対米輸出は4,234億ドル、米国の対中輸出は1,041億ドルなので、実に4倍近い開きがある。

仮に、高率関税の賦課やその報復措置などによって米中貿易が双方向で縮小するならば、上記データに基づけば、より打撃を受けるのは中国企業ということになる。ただし、米国経済以上に中国経済が打撃を受けるかと言えば、必ずしもそうではないだろう。

高率関税によって中国からの輸入品価格が上昇するならば、米国の消費者はより高い製品を買わされることになる。中国からの部品・材料に依存する米企業もコストアップに苦しむだろう。もちろん、高率関税を賦課されない国からの輸入へと切り替える方法もあるだろうが、それには時間がかかるし、完全な代替は難しいのではないか。

ところで、中国が人民元安誘導を行っているかといえば、実際はその逆だ。中国の外貨準備は2014年夏をピークに減少傾向にある。2014年夏と言えば、人民元が対ドルでの下落を始めたころだ。中国は外貨を売って人民元を買うことで人民元の下落スピードを抑制してきたと考えることができる。

もちろん、あくまでこれは管理通貨という中国の現行制度を前提としたものであり、米国が求めるような為替取引の完全自由化が実現した場合に、人民元が上昇する可能性を否定するものではない。

これに関連して、中国には強力な「武器」がある。中国の外貨準備の一部は米国債(いわゆる財務省証券)で運用されている。昨年10月に一位の座を日本に譲ったが、それでも中国は11月末時点で1兆ドルを超える米国債を保有している。9月末時点で米国債の発行残高は15.6兆ドルで、その4割に相当する6.2兆ドルが外国による保有分だ。さらに、そのうちの2割弱を中国が保有していた計算だ。

中国が米国債を大量に売却すれば、あるいはその観測が広がるだけでも、米国債の価格は大きく下落し、利回り(市場金利)は急騰しかねない。そして、それは米国の景気に冷や水を浴びせることになるだろう。

今から約20年前、日米貿易摩擦に辟易した橋本龍太郎首相が、米国での講演後に「米国債を売りたい誘惑に駆られることがある」と発言して物議を醸したことがあった。当時の金融市場の反応は比較的穏やかだったが、それは同盟国の日本がそんなことをするわけがないという安心感があったからかもしれない。習主席が同様の発言をしたとして、金融市場は安穏(あんのん)としていられるだろうか。大いに疑問だ。

執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)

マネースクウェア・ジャパン 市場調査部 チーフエコノミスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。2012年9月、マネースクウェア・ジャパン(M2J)入社。市場調査部チーフアナリストに就任。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査部レポート」、「市場調査部エクスプレス」、「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。

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