OneWebの勝算

それでもワイラー氏がOneWebを立ち上げたのは、十分な勝算があってのことである。

ひとつは人工衛星の技術の進歩である。近年、電子部品の小型化、高性能化などに伴い、小さいながらも高性能な人工衛星を造ることができるようになった。たとえばイリジウムやグローバルスターの衛星の質量は700kgほどだが、OneWebのそれは150kgほどしかない。

小さいということは安価に造れるし、大量生産すればさらに安価になる。今回、ソフトバンクを筆頭に行われた12億米ドルの出資により、この衛星を製造するため、フロリダ州に完成予定の新工場の建設が促進されるとしている。この新工場では、1週間につき15機もの衛星を、従来の製造費と比較してもかなりの低コストでの製造することが可能だとしている。

また1機の大型ロケットに、複数の衛星を載せて打ち上げることもできるため、衛星1機あたりの打ち上げコストを抑えることもできる。

フロリダ州エクスプロレーション・パークで、2018年から稼働開始が予定されているOneWebの衛星製造工場のイメージ図 (出典:ソフトバンクグループニュースリリース)

すでにOneWebは衛星の設計を終え、製造を欧州の航空・宇宙大手のエアバス・ディフェンス&スペースに発注している(そしていずれは前述したフロリダ州の新工場へ拠点が移ることになろう)。さらに欧州のロケット運用会社アリアンスペースと、ソユーズ・ロケットによる打ち上げの契約も結んでいる。早ければ2017年から打ち上げが始まる見通しで、2020年ごろにも地球を覆う衛星網が完成し、サービスの提供を開始できるという。

OneWebの衛星。質量150kgほどの小型衛星である (C) OneWeb

OneWebの衛星 (C) OneWeb

もうひとつの特徴はサービスを受けるユーザー側の設備である。イリジウム携帯電話などはそれ専用の特殊な端末が必要で、また高価だったこともあり、一般には広まらず、もっぱら法人利用が主だった。しかしOneWebは、各々のユーザーが特殊な機器をもつ必要はなく、家の屋根や学校の屋上などに衛星と通信する小さな装置を設置し、それを介する形で既存のスマートフォンやタブレットなどをネットにつなぐことができるようになっている。つまりユーザーがサービスを受けるのに必要なコストを限りなく小さくでき、開発途上国でも導入しやすい。

そして実際に30~40億人とされる人々にインターネットが行き渡り始めれば、たとえ低額な利用料金でも多くの収益が見込めるうえに、彼らがクラウドソーシングなどで他国の経済に入り込むことになれば、シナジー効果でさらに収益は増すことが見込める。また、すでにインターネットが十分に行き渡っている国でも、未だ不十分な航空機からのネット接続や、さらに災害時のバックアップ回線といった用途での活用も考えられるなど、ビジネス面でも大きな可能性が潜んでいる。

OneWebの衛星と通信する地上側の設備の一例。建物の屋根に見える白い饅頭のようなものがその装置で、衛星との通信を行うと共に、スマートフォンやタブレットとの通信を中継する (C) OneWeb

OneWebだけじゃない衛星インターネット構想

多数の小型衛星による衛星インターネット・サービスの展開を考えているのは、OneWebだけではない。起業家イーロン・マスク氏の宇宙企業スペースXもまた、似たようなサービスの展開を考えている。

スペースXというと、これまでは低コストなロケットや宇宙船の開発や、ロケットの再使用によるさらなる低コスト化への挑戦、そして火星への移住構想など、何かと話題を提供してきたが、衛星インターネットにおいても、OneWebとほぼ同じ軌道に、小型衛星をなんと4000機も打ち上げるという壮大な構想をもっている。また、ゆくゆくは火星にも同様の衛星網を構築し、火星移住後のインターネットも整えようとしているという。

その詳細についてまだ多くは語られていないが、試験衛星の開発や、通信サービスを行う際に必須となる電波の使用申請も出しており、計画が着々と進んでいることは間違いない。そもそものロケットの再使用や低コスト化も、4000機もの衛星を打ち上げるために必要なことのひとつだったのだろう。

実はワイラー氏とマスク氏は、もともとこの分野において、グーグルを介して手を結び、同じひとつの計画を進めようとしていた。グーグルは前述したO3bにも出資している。ただ、詳細は不明ながら何らかの意見の相違があり、1年ともたずにワイラー氏はグーグルを退社してOneWebを設立。両者はライバル関係となった。

OneWebには今回のソフトバンクを始め、かねてより英国のヴァージン・グループや、米国の通信・半導体大手のクアルコム、飲料メーカーのコカ・コーラなどが出資している。一方のスペースXの衛星インターネット計画には引き続きグーグルが参画している。

両者を比べたとき、最も目につくのは衛星数の違いである。OneWebは700機、スペースXは4000機と、スペースXのほうが桁ひとつ多い。これはスペースXが、OneWebよりも太く確実なインターネットの構築を目指しているためだろう。ワイラー氏は前述のように携帯電話や衛星インターネットをインフラとして整備することを目的としているが、スペースXのイーロン・マスク氏は、もともとネット決済サービスのPayPalで財を成したことからわかるように、衛星インターネットを実現させることはもとより、そこから先の、ネット決済やコンテンツ販売といったサービスを展開させることに主眼を置いていることが伺える。OneWebも光ファイバー並の回線速度を目指しているが、ネット決済のための十分なセキュリティや、音楽や映画、ゲームなどのコンテンツを快適に配信しようとするならば、回線の容量は太ければ太いほど、また複数の経路があればあるほど良い。

実際にスペースXが直接コンテンツを販売するかどうかはわからないが、インフラだけでなく、そういった分野まで入り込むことで多くの収益が見込めるし、その資金はマスク氏とスペースXの夢である人類の火星移住に充てることができるだろう。

スペースXが連邦通信委員会(FCC)に提出した周波数の申請書に描かれた図 (C) SpaceX/FCC

同様の衛星インターネットは、米国の航空宇宙大手であるボーイングも構想しており、こちらは3000機近い衛星を使い、OneWebやスペースXよりさらに高速な通信を提供しようとしているという。

これらのうち、どこがこの分野で覇権を握ることになるのかはわからない。あるいはかつてのイリジウムやテレデシックのように、破産や撤退を経験することになる可能性もあるだろう。

また欧州や米国では、上空に長期間滞在できる飛行船や気球、ドローンを使った通信サービスを検討している企業もある。衛星インターネットと比べ、それぞれ一長一短があるため完全に競合するわけではないが、安価で、空中の好きな場所でほぼ静止でき、また機器のメンテナンスが可能であるなど、人工衛星にはない特長は多く、まったく影響を受けないということもないだろう。理想的なのは両者が相互補完しあう関係になることだが、実際にどのようになるかはまだわからない。

しかし、もしひとつでも成功し、全世界の人々が等しくインターネットを利用することが可能になれば、世界は大きく変わることになるだろう。たとえば世界中に質の高い教育を届けることができるし、既存のあらゆるネットを使ったサービスに30億人の顧客が追加されるということでもある。さらにその30億人のなかから新しいサービスを考え、実行する者も現れるだろう。教育からビジネスまであらゆる分野で大きな変化が起こり、人類の生活はさらに豊かになるかもしれない。

もっとも、全世界にインターネットが行き渡ることへの弊害も危惧されている。インターネットは私たちの生活を豊かにした一方で、好ましくない使われ方をすることも増えている。またネットとのかかわりを望まない人々もいるだろう。

しかし、いくつかの心配はあっても、それは足踏みすべき理由にはならない。またネットとの関わりを望まぬ人にまで押し付けるべきではないが、一方でそれを望む人にはあまねく提供されるべきである。

地球すべてにインターネットが広がり、人類が持つ可能性が最適化され、その可能性が未来を切り拓くことで、より良い世界が訪れることを願いたい。

【参考】

・ワンウェブ、ソフトバンクグループなどから12億米ドルの資金調達へ | プレスリリース | ニュース | 企業・IR | ソフトバンクグループ
 http://www.softbank.jp/corp/news/press/sb/2016/20161219_01/
・OneWeb Announces $1.2 Billion in Funded Capital from SoftBank Group and Other Investors - OneWeb | OneWorld
 http://oneweb.net/press-releases/2016/oneweb-announces-1.2-billion-in-funded-capital-from-softbank-group
・Boeing proposes big satellite constellations in V- and C-bands - SpaceNews.com
 http://spacenews.com/boeing-proposes-big-satellite-constellations-in-v-and-c-bands/
・SpaceX just asked the FCC to launch 4,425 satellites - Business Insider
 http://www.businessinsider.com/spacex-internet-satellite-constellation-2016-11
・SpaceX seeks permission for 4,425-satellite internet constellation - SpaceFlight Insider
 http://www.spaceflightinsider.com/organizations/space-exploration-technologies/spacex-seeks-permission-4425-satellite-internet-constellation/