「驚いた。トランプが勝った」、それ以外の言葉が出てこない。米景気の低迷、中低所得層の憤懣、国の分断、既存政治への批判、クリントン不人気、様々な要因が考えられるが、ここでは「トランプ大統領」が何を目指すのか、考えてみたい。「 」を付けたのは、トランプ氏はまだ大統領ではないからだ。就任式は来年1月20日を待たなければならない。
選挙結果を受けた勝利演説でトランプ氏は、対外的には各国との協調を表明し、国内的には団結を訴えた。クリントン氏は潔く敗北を認め、トランプ氏にエールを送った。そして、オバマ大統領はスムーズな政権移行を約束した。
選挙結果判明後のニューヨーク市場では、株価が大きく上昇し、ドルがほぼ全面高の展開となった。「トランプ・リスク」で恐れられていたシナリオと真逆の展開となったのは、トランプ氏が選挙戦中とは異なって国境や党派を超えた「協調や団結」を訴えたことが大きかったとされた。
しかし、「トランプ大統領」がどのような政権運営を行い、どんな政策を打ち出すかは現時点では大いに不透明だ。以下では大きく2つのシナリオを想定してみた。
一つは、選挙キャンペーン中に口にしたことを次々に実行に移そうとするケースだ。大企業やウォール街(金融業界)に厳しく当たり、ワシントンの政治家を批判し、移民を排斥するような政策だ。また、自由貿易を否定し、中国や日本などの貿易相手国に対して強硬な姿勢で臨むだろう。所得税減税や大規模なインフラ投資を公約しているが、財源なしに無理にそれらを実行すれば財政赤字の急激な拡大を招きかねない。それは米国のみならず、世界の経済や金融市場の波乱要因となりうるものだ。
もう一つは、暴言や放言の類は有権者の受けを狙って計算されたものに過ぎず、大統領就任後は現実的かつ穏健な路線を追求するケースだ。その場合、閣僚に優秀な実務者を配して、自身はオーガナイザーに徹するだろう。そして、諸外国や国内の対立勢力とも粘り強く交渉して、物事を着地させることを優先する。大成功した実業家としての資質が前面に出てくる。そうした政権運営の結果が、自らが標榜する「強いアメリカを取り戻す」ことにつながるかもしれない。
トランプ氏がどんな大統領を目指すのか、これからヒントが出てくるだろう。 まずは、新しい議会との関係だ。大統領選挙と同時に行われた議会選挙で、共和党が上院でも下院でも過半数の議席を維持した。現在の「分断された政府」ではなく、大統領も議会も共和党が押さえる「統一された政府」が誕生する。もっとも、予備選の最中からトランプ氏と共和党主流派との確執が表面化していた。果たして、両者は融和できるだろうか。野党民主党との関係も気になるところだ。
次に、トランプ氏は政権移行チームを立ち上げて、オバマ政権からのスムーズな引継ぎを目指す。そうした中で、トランプ政権の主要メンバーが明らかになるだろう。トランプ氏が、よく知られた(=ある程度評価が定まっている)優秀な人材を配そうとするのか。それとも、選挙戦の論功行賞よろしく「身内」を据えようとするのか。とりわけ、外交、安全保障、経済の面で鍵となる国務長官、国防長官、財務長官や側近の補佐官の選択は重要だろう。
「トランプ大統領」の就任は来年1月20日だ。それまでにも、トランプ氏の一挙手一投足が注目されよう。
執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)
マネースクウェア・ジャパン 市場調査部 チーフエコノミスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。2012年9月、マネースクウェア・ジャパン(M2J)入社。市場調査部チーフアナリストに就任。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査部レポート」、「市場調査部エクスプレス」、「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。
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