東京・横浜方面から東海道線の下り列車に揺られていると、平塚駅を過ぎた辺りから、それまで平野が広がっていた進行方向右手の車窓が一変し、丘陵が続くようになる。すると間もなく、列車は山間の駅の風情を湛(たた)えた大磯駅のホームに滑り込む。大磯は南を海に面し、背後の丘陵が北風を遮るため、その温暖な気候から、かつて歴代首相8人をはじめ、政財界の有力者たちがこぞって別荘を構えた土地柄だ。

平塚を過ぎ、花水川を渡ると、今まで広がっていた平野に代わり丘陵の風景になる。その突端にあるのが高麗山(こまやま)だ

大磯と言えば、今や「大磯ロングビーチ」が広く知られ、"夏のリゾート地"の印象が強いかもしれないが、周囲の丘陵にはハイキングコースがあり、秋から冬にかけては富士山などの絶景を楽しむチャンスだ。今回は、大磯駅から"夜景の名所"としても知られる「湘南平」へのハイキングコースを、史跡巡りも楽しみながら歩いてみよう。

大磯駅に広告看板がない理由

大磯駅のホームに下り立つと、もしかすると「なんだか、他の駅と雰囲気が違うな」と感じる人もいるかもしれない。実は、大磯駅のホームには広告の看板が一切ない。

オレンジ色のレンガ屋根の瀟洒(しょうしゃ)な雰囲気の大磯駅

それには理由があり、かつて大磯には伊藤博文をはじめ、明治の元勲たちが住み、駅には貴賓用の入り口や貴賓室が設けられた。そのため、元勲たちが利用する駅に広告を表示してはならないという伝統が生まれ、それがJRになった今でも受け継がれているのだ。

さて、改札を出たら左手の交番の隣にある観光案内所に立ち寄り、「湘南平ハイキングマップ」を入手しよう。湘南平へは複数のルートがあるが、今回は地図を頼りに「高田公園」経由の道を歩いてみることにする。

大磯駅前の観光案内所で「湘南平ハイキングコースマップ」を入手

大磯駅スタート! 「新撰組」ドラマの登場人物も

案内所から駅の改札前まで戻り、今度は反対方向へ線路沿いの道を歩いて行こう。間もなく、大磯小学校の敷地にぶつかり、校門の傍らには「高田公園 湘南平」への道を示す道標が立っている。

道標の矢印に従い、東海道線のガードをくぐると、すぐ右手に妙大寺という寺院があり、境内には初代陸軍軍医総監などを歴任した松本良順(1832~1907年、後に順と改名)の墓石がある。松本良順と言えば、「新撰組」の小説やドラマには、ケガをした近藤勇や結核を患った沖田総司の治療をする場面で必ず登場するから、むしろその方で有名かもしれない。

さて、しばらくは舗装されているものの、かなり急な坂道が続く。坂道はキツいが、高度が上がるにつれ、大磯の街並みとその向こうに広がる相模湾が一望でき、清々(すがすが)しい気分になる。

自然豊かなハイキングコースを湘南平を目指して歩く

途中の高田公園で少し休憩したら、再び歩きはじめよう。ここから先は本格的な山道になる。アップダウンはそれほど激しくはないものの、一部、落ち葉が堆積していて滑りやすい場所などもあるので、トレッキングシューズや動きやすい服装は必須だ。

大磯駅からゆっくり歩いて1時間弱で、道が湘南平方面と高麗山(こまやま)方面に分かれる分岐点に到着する。道標を見れば、湘南平まで0.2kmとある。もうすぐ山頂だ。

富士山を拝んだ後は野菜たっぷりのランチを

湘南平(標高181m)は大磯町と平塚市の境に位置し、平塚市に属する山頂付近にはテレビ塔と展望台がある。まずは、展望台に登ってみよう。この展望台からの眺望は360度、何も遮るものがなく、まさにパノラマビューだ。北には大山(標高1,252m)をはじめ丹沢の峰々、東から南にかけては江ノ島から伊豆方面の海が一望できる。

東側の風景。平塚の市街地や、遠くには江ノ島も見える

そして、極めつけは何と言っても天気のいい日に西側の山々の向こうにその雄大な姿を現す富士山(標高3,776m)だ。こうして見ると、富士山は、他の山とは格が違うなとあらためて思う。

晴れた日には西側に富士山が、その雄大な姿を現す

さて、絶景を存分に楽しんだ後は、ランチタイムにしよう。展望台の中には絶景を眺めながら、地元の食材を生かした料理を味わうことができるレストラン「湘南平展望レストランFlat」がある。今回注文したのは、相模湾の地魚フライと野菜を、トマトを生地に練り込んだ特注のトマトバンズでサンドした「Flat Burger Set(税込1,000円)」だ。

「Flat Burger Set(税込1,000円)」にはこだわりが詰まっている

セットにはバーガーのほか、ドリンク、サラダ、ベジフライ、野菜マリネが付く。野菜の値段が高騰している昨今、1,000円でこれだけ新鮮な野菜づくしのランチがいただけるのはありがたい。また、同店では、「ジャパン コーヒー ロースティング チャンピオンシップ2016」というコーヒー豆の焙煎の技術を競う大会で優勝した、「いつか珈琲屋」(平塚市河内)の近藤啓さんが焙煎したブレンドコーヒーを出している。雑味がなく透明感のある、甘い香り豊かなコーヒーも、ぜひ食後に味わっていただきたい。

●information
湘南平展望レストランFlat
住所: 神奈川県平塚市万田790 高麗山公園レストハウス2F
営業時間:11:00~17:00(LO 16:30)
定休日:毎週水曜日および第3火曜日

腹ごしらえもできたところで、山歩きを再開しよう。先ほどの高麗山方面への分岐路まで戻り、今度は高麗山を目指して歩いて行こう。