宇宙から絶えず地球に降り注いでいる宇宙線は、遥か彼方のブラックホールや中性子星、超新星残骸などの特殊な環境で発生すると考えられている。このような環境においては、電子や陽子、あるいは陽電子が、人類では作り出すことができないほどの高エネルギーまで加速される。
ところが最近の研究から、地球上の雷雲のなかでも、電子が高いエネルギーにまで加速されている証拠が見つかってきている。雷雲内で加速された電子が大気分子と衝突することでガンマ線が生じ、そのガンマ線が雷雲から放出されているというのだ。いわば、雷雲は「天然の加速器」なのである。
しかしながら、雷雲のなかでどのように加速が起こるのかは、いまだによくわかっていない。さらにはガンマ線だけでなく、高エネルギーの電子が瞬間的に大量に生じている兆候も観測されており、雷雲には未知の現象が多く潜んでいるといえる。
京都大学白眉センター理学研究科 榎戸輝揚 特定准教授は、これら雷雲の謎に迫るべく、2015年に理化学研究所の湯浅孝行研究員とともにクラウドファンディングで「雷雲プロジェクト」を立ち上げた。榎戸准教授はもともと、中性子星の研究を行う宇宙物理学者だ。なぜ宇宙の専門家が、「カミナリ」という身近な現象に興味を持ったのだろうか。また、このプロジェクトで明らかになることは何なのだろう。雷雲プロジェクトの中心メンバーである東京大学大学院理学系研究科物理学専攻の大学院生 和田有希氏とともにお話をうかがった。
左から、京都大学白眉センター理学研究科 榎戸輝揚 特定准教授、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 修士課程 和田有希氏。「雷雲プロジェクト」のオリジナルTシャツを着用していただいた。手前にあるのが雷雲から放出されるガンマ線を検出する装置 |
―雷雲プロジェクトの概要を教えてください。
榎戸: 雷雲のなかで氷の粒がぶつかり合うと、プラスとマイナスの電荷に分離することが知られています。このあいだに強い電場がかかり、雷の放電がおきると考えられているのですが、この放電のトリガーはまだよくわかっておらず、専門家のあいだでも議論されています。
最近の研究から宇宙線が雷雲と関係することも指摘されています。雷雲の中に宇宙線が飛び込んでくると、大気中の分子から電子が叩き出されて、雷雲の中の強い電場で高いエネルギーまで加速されます。なので、雷雲は「天然の粒子加速器」であるともいえます。加速された電子は、最後には大気にぶつかってガンマ線を出すので、地上からこれを観測することで、この「加速器」について調べることができます。そしてどうやら、雷雲中で加速された電子が、雷のトリガーの謎に関わっているようなのです。
私は大学院生のときに、雷雲から発生するガンマ線を観測する装置を手作りして修士論文を書きました。それから10年ほどたちましたが、これまでは新潟県・柏崎市で定点観測を行うだけでした。そこで、石川県・金沢市を中心に複数地点でマッピング観測を行いたいと考え、雷雲プロジェクトに行きつきました。雷雲に隠れた謎をみんなで解き明かしたいですね。
―雷雲プロジェクトは、榎戸先生の修士課程での研究が発展したものということなんですね。宇宙物理の専攻だったのにもかかわらず、雷に興味を持たれたのはどうしてですか。
榎戸: 私は別に、宇宙にだけしか興味がないわけではなくて、地球や宇宙など、自然界の現象が好きで、それを自分で測りたいという気持ちが強くあります。太陽フレアでもいいし、雷でもいいし、宇宙のX線で捉えられるものでもいい。そういった現象のなかで、なるべくほかの誰もがやっていなくて、理論ではなく実験として結果が出そうで、なおかつ自分でハンドルできそうなことをやってみたいと考えたときに、雷がテーマとしてすごく近かったんです。
―どのようにして雷雲からのガンマ線放出という現象をとらえることができるのでしょう。
和田: では検出装置を実際にみてみましょうか。これがガンマ線を観測するのに使用する装置です。
和田: この装置にガンマ線が入ってくると中央の結晶シンチレータで止められて、ガンマ線のエネルギーが可視光に変換されますが、この光はとても微弱なので、光電子増倍管という高感度の光センサーで電気信号に変えてやります。この信号はケーブルを通じて、私が設計した娘基板に送られてアナログ処理されます。1番上にあるのがそれなのですが、2層目にアナログ信号をデジタル信号に変えるADC/FPGAボード、3層目に小型PCのRaspberry Piを接続しています。信号はこの3層のサンドイッチになった電子回路で処理されて、ガンマ線が入射した時刻やそのエネルギーなどを、ガンマ線1個ずつに対して記録します。モバイルルータを積んでいるので、解析用のサーバにデータを送ったり、遠隔操作でRaspberry Piにログインしてデータを抜き出したりなど、いろんなことができます。
また、温度と湿度、大気圧を測れる環境センサと、カメラを搭載しており、そのときの雲の様子や気象状況も把握することができます。結晶シンチレータは研究所から借りているものですが、それを除けば、装置全体は20万円程度で製作することができます。
―装置を動かすためには、何か特別な操作が必要ではありませんか。
和田: スイッチを入れておけば、あとは全自動でデータを取得する仕組みになっています。今は現地で最終組み立てと動作確認を行っていますが、理想としてはたとえば、どこかのお宅に完成品を送って、コンセントを挿してもらうだけで設置が完了する、というところまで行きたいですね。装置全体としての消費電力は10Wくらいなので、これだけのシステムにしては相当電力が抑えられていますし。
―この装置のプロトタイプを開発するために、榎戸先生は昨年、クラウドファンディングで研究資金を募っておられました。
榎戸: 以前は柏崎の1地点で観測していたのですが、観測地点の後ろが山となっているため電源を確保できず、それ以上広げようがなかったんです。ところが、国内でも有数の雷発生ポイントである金沢の上空だと、雷雲がたくさんやってくるうえに、市街地が広がっているので、コンセントさえあればいろんなところに装置を置くことができるんです。金沢市内の高校に装置を置くことができれば、教育効果も期待できますよね。
そこで発想を変えて、装置をたくさん作って、たくさんばら撒いて、1個ずつの装置自体はなるべくシンプルに作る、という戦略をとることにしました。
実はこのアイディアで科研費に応募したのですが落ちてしまい、「コノヤロー」と思って(笑)、クラウドファンディングへの挑戦を決めたんです。クラウドファンディングでは約160万円の研究費を獲得することができました。このお金は主に、装置用のコンセントを高校の屋上に設置するために使っています。科研費だと手続きの都合上、こういったところに研究費を利用することが難しいんですよね。また、クラウドファンディングで集めた研究費によって得られた成果のおかげで、翌年の科研費に採択され、さらに研究を展開できるようになりました。