2016年のTechConの基調講演は、始まる前から雰囲気が違っていた。今回、基調講演にソフトバンクの孫正義氏が登場するからだ。基調講演には、まず、ARM CEOのサイモン・シーガー氏が買収について簡単に語った後、孫氏を紹介。
孫氏は、5億年前の「カンブリア爆発」から話を始める。このとき、多様な生物が発生し、三葉虫のような「目」を持った生物が登場したのだという。目とはセンサーであり、こうしたセンサーからの入力を脳で「認識/学習/推測」し、行動につなげるというサイクルが生物の進化を促したとする。
そして「これがIoTとAIの関係と同じであり、つまり、カンブリア爆発に相当する事象がIoTによって発生するのだ」としたうえで、IoTデバイスは、近いうちにモバイルデバイスの出荷量を超え、2035年までに累積で1兆個に到達すると予測した。
IoTデバイスが増えていく中、重要になるのがセキュリティだという。もちろん、性能や機能も重要だが、多数のIoTデバイスがネットワークに接続しているとき、セキュリティが弱ければ、重大な問題を引き起こすことになる。
例えば、現在の自動車には100近くのコントローラーやプロセッサが搭載されている。もし、自動車がネットワークに接続するのが普通になったとき、ウィルスなどで、ある日突然、多数の車の制御が効かなくなってしまうような事件が起こる可能性がある。そのために、大量のIoTデバイスが普及するには、セキュリティが重要なポイントになると孫氏は主張する。
AIは、すでに普及がはじまり、ゲームや芸術、医療、製造、言語翻訳などで応用されており、ある程度の結果を出している。音声認識や画像認識といった分野においては、すでに人間の能力を超えるものも登場している。
孫氏は、IoTとAIの組み合せが「シンギュラリティ」(技術的特異点。テクノロジカル・シンギュラリティ)を起こし、「超知性」が誕生することになるという。シンギュラリティは、人工的な知性が誕生すれば、それ自身がさらに優れた知性を製造し、加速度的に進歩するという考え。
様々な意見や見解があるが、孫氏は「超知性」で、人類の進化が加速されると考えているようだ。「超知性」により、将来予測や交通事故のない世界、100歳を超える寿命が可能になるとした。孫氏は「これがソフトバンクがARMを買収した理由であり、われわれは、1兆を超えるIoTデバイスを実現、人類進化を急発進させる」として話を締めくくった。
ソフトバンクのARM買収については、このほかにもさまざまな理由があるのかもしれないが、少なくとも、孫氏は、IoTという分野を通してARMを見ていることは確かなようだ。
いわゆる組み込み系でのARMプロセッサのシェアは大きく、ほとんどARMアーキテクチャのみになりそうなことは確実なところ。本当にシンギュラリティが来るのか定かではないが、IoTは、ARMをさらに成長させる原動力にはなる。
また、買収に際して、ARMの人員を強化する投資を行うことも発表しており、ARMの「設計力」が強化されることは間違いないと思われる。少なくとも、いまのところ、孫氏の言ってることと、従来のARMの方向性に大きな齟齬はなく、大きな問題はなさそうに思える。
もう1つ、基調講演には、ARM CTOのマイク・ミューラー氏が登壇した。同氏は、医療分野などで使われているデバイスなどを紹介しながら、セキュリティの重要性について語った。そして発表したのが、ARMv8-MアーキテクチャのプロセッサであるCortex-M33と23だ。
この2つは、2015年のTechConで発表されたARMv8-Mアーキテクチャを実装した具体的なプロセッサだ。M33は、現在のCortex-M3またはM4に相当し、Cortex-M23は、M0+に相当するコアだという。
また、ARMv8-Mコアを使うSoCを作るための「インターコネクト」としてやはりARMv8-Mのセキュリティに対応できるARM CoreLink SIE-200も同時に発表した。そのほか、IoT向けの無線機能としてARM CORDIO、暗号化ハードウェアCryptoCell-312なども合わせて公開した。
Cortex-M33は、まずはTSMCの40nm ULPプロセスで製造することが想定されており、POP(Processor Optimization Pack。特定のファウンダリー向けに最適化したプロセッサコアの製造情報)などが提供される予定だ。