出産後のへその緒から採取できるさいたい血。白血病などの血液疾患や再生医療に活用できるとされ、病院によっては寄付したり、私的に保管したりすることが可能だ。
中でも、うまれた子どものために使える私的保管に関しては、保管料が個人の負担となるため、判断に迷うという人も多いだろう。
さいたい血の採取は安全にできるのか。公的バンクと民間バンクは何が違うのか。そもそも、将来どれだけ役に立つものなのだろうか。
神奈川県・愛育病院で、年間120例ほどのさいたい血を採取し、さいたい血の採取に関して、多くの妊婦の相談にも応じている岡田恭芳 医学博士に聞いた。
赤ちゃんの血液の3分の1を占めるさいたい血、そのすごさって?
――さいたい血って、そもそもどのような役割がある血液なのでしょうか
赤ちゃんとお母さんの間で、物質の交換を行うための血液です。母体の血液と赤ちゃんの血液は胎盤で接しています。胎盤につながっている、へその緒を流れる血液がさいたい血。この血液を通じて、酸素や栄養を赤ちゃんに送ったり、不要となった血液をお母さんに戻したりしているのです。
そのため、さいたい血はお母さんの血液ではなく、赤ちゃんの血液と言えます。その量は、子宮の中にいる赤ちゃんの血液の約3分の1を占めると言われています。
――どうしてこの血液が、血液疾患や再生医療に役立つと言われているのでしょうか
うまれたばかりの赤ちゃんの血液には、体のさまざまな種類の細胞のもとになる若い「幹細胞」が豊富に含まれているからです。この幹細胞が、血液疾患の治療や再生医療に役立つという研究が進められています。
うまれたばかりの赤ちゃんから血液を抜いてしまったら、貧血になってしまいますが、さいたい血は、へその緒と赤ちゃんが切り離されてから採取するもので、通常は廃棄されています。
さいたい血の採取は、赤ちゃんを貧血状態にさせることなく、赤ちゃん自身の幹細胞を取り出すことができる有効な方法と言えます。
――大人の血液には、幹細胞が含まれていないのですか
成人になると、血液中には幹細胞はほとんどなく、骨髄に特徴的に含まれています。白血病の治療などで、骨髄バンクが活用されるのはそのためです。
公的バンクと民間バンクの違い
――公的バンクと民間バンクの違いは何ですか?
公的バンクは、個人がさいたい血を無償で提供し、白血病をはじめとする血液疾患の治療に広く活用するための機関です。国の補助金により運営されていて、2015年の移植実績は1,226例となっています(幹細胞移植情報サービスのデータによる)。
一方で民間バンクは、うまれた子どもが将来脳性まひなどにかかった時に備えて、さいたい血を私的に保管するための機関です。保管費用は個人のコストになりますが、幹細胞を、自分の治療に役立てることができます。
全ての病院でさいたい血の提供や保管ができるわけではありません。公的バンクに提供できる医療機関、私的バンクで保管ができる医療機関は、それぞれ限られていますので、病院選びから検討する必要があるでしょう。
さいたい血はどのような病気に役立つの?
――主に白血病の治療や再生医療に役立つということですが、役立つ可能性はどれだけ高いのでしょうか
白血病の発生率は年間人口10万人あたり6.3人(JALSG 2009年)。さらに、全てのケースでさいたい血の幹細胞が移植できるわけではありません。病気の進行によっては、移植できない場合もあります。公的バンクへの提供は別として、個人でお金をかけて保管するというのは、可能性の低い命に関わる病気に対して、掛け捨ての保険をかけるようなイメージと考えてもらっていいでしょう。
私が期待しているのは、再生医療への活用です。2014年から「低酸素性虚血性脳症」の治療に、赤ちゃん自身のさいたい血を使う臨床研究が行われています。その治療方法は、脳低温療法という治療に加えて、点滴で赤ちゃん自身のさいたい血を輸血することにより、幹細胞を投与するというものです。脳の部分に幹細胞が生着することで、神経の再生を促進すると考えられています。
現在は、さいたい血の幹細胞保存から治療まで一貫して1病院で行うという約束の下、研究が行われていますが、民間バンクに保管したさいたい血の幹細胞を、病院で使う、というスキームも検討が始まっています。
「低酸素性虚血性脳症」とは、脳性まひの原因となる病気。出産時に胎盤が一気にはがれてしまったり、出産時以外にも赤ちゃんがお風呂などでおぼれてしまったり、火事に巻き込まれてしまったりして、脳が急性の低酸素状態になることで起こります。
脳性まひの発症率は1,000人に2~3人と言われているので、さいたい血が役立つ可能性は高まるのではないかと考えています。
さいたい血は絶対にとれるものでもない
――さいたい血の採取で、母体や赤ちゃんに悪影響を及ぼすことはないのでしょうか
不要となったへその緒から血液をとるので、基本的には母子ともに負担がかかるものではありません。しかし、絶対に採取できるものではないし、医師のテクニックも必要です。 へその緒は平均で50~60cmほどありますが、短かったり細かったりして、採取が難しいケースもあります。また、さいたい血は放っておくとすぐに固まってしまうので、速やかに採取しなければなりません。消毒をして清潔にし、保管に十分な量をとり、その上で、針で赤ちゃんを傷つけないように注意しなければなりません。
さらに赤ちゃんの状態も同時進行で見る必要があります。赤ちゃんの状態が悪ければ、採取どころではありません。出産してみないと、採取できるかできないかは分からないのです。
――さいたい血の保管を検討している妊婦さんには、どのようなアドバイスをされますか
さいたい血は、命に関わる重篤な状況で使われるものなので、できれば使わずに済むほうがいいに決まっています。その上で、これまでは血液疾患だけだったものが、脳性まひなどの治療にも活用できる可能性が高まっているので、もしものときには有力な武器となるでしょう。
民間バンクでの保管には、数十万円という費用がかかるので、経済的に余裕があれば、保管しておいてもいいのではないかというのが、私のスタンスです。病院でも悩まれている妊婦さんたちを多く見ますが、いずれにせよ、正確な情報に基づいて判断していただきたいですね。
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岡田恭芳(おかだ・たかよし)先生
日本産婦人科学会専門医、医学博士、母体保護法指定医、麻酔科標榜医
大阪大学医学部卒業後、同附属病院、箕面市立病院産婦人科で研修。一佑会藤本病院産婦人科部長を経て、1999年より医療法人愛育会 愛育病院へ。現在は同病院の副院長。